犬に関する伝説(その16)

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     前項に引いた、英国の『ジョー・ミラー滑稽集』にいわく、行軍中の軍曹に犬が大口開いて飛びかかると、やにわに槍先をのどに突き通して殺した。犬の主大いに怒って、それほどの腕前で槍の尻で犬を打つ事が出来なんだかとなじると軍曹、犬が尻を向けて飛びかかって来たならそうしたはずだと言った。

    またある貴婦人、下女に魚を買わしめると毎度だまされるから、一日決心して自ら買いに出かけ、魚売る女に向って魚を半値にねぎった。魚屋呆れて盗んだ物でないからそう安くは売れませぬ、しかし貴女あなたの手のように色を白くする法を聞かせてくださったら魚を上げましょうというと、それは何でもない事犬の皮の手袋をめるのだと答う。

    魚屋大声を揚げてうそつきの牝犬め、わが夫は十年来離さず犬の皮のパッチを穿いているが、彼処あそこ肉荳※(「くさかんむり/寇」の「攴」に代えて「攵」、第3水準1-91-20)にくずくのように茶色だとののしったそうだ。これについて憶起するは、昔大阪のどこかへ狂歌師某が宝珠の絵の額面を掲げて、「みがいたら瑳いたゞけに光るなり、性根玉でも何の玉でも」と書くと、いつの間に誰か書きえて、「光るかの蒟蒻玉こんにゃくだまときん玉と、こんな歌よむ性根玉でも」とあったと『一話一言』で読んだ。

    北尾辰宣の筆ならんてふ異体の百人一首に、十種の男を品隲ひんしつして白を第六等に※(「宀/眞」、第3水準1-47-57)き、リチャード・バートンはアラビア人が小唇の黒きを貴ぶ由をいった(一八九四年版『千一夜譚』注)。白人は白い物と心得た人が多いが、くだんの『滑稽集』の文でやはり白くないと判る。

     花咲爺のはなしは誰も知る通り、犬に情け厚かった老爺はその犬の灰で枯木に花を咲かせて重賞され、犬に辛かった親仁おやじはそれを羨んで灰を君公の眼に入れて厳罰された次第を述べたのだが、近刊佐々木喜善君の『江刺えさし郡昔話』に出でいる灰蒔き爺の話は教科書に載ったものとは異態で、田舎びたるだけこの話の原始的のものたるを示す。

    その概略は、川上川下に住む二人の爺が川にやなを掛けると、上の爺の筬に小犬、下の爺のに魚多く入る。上の爺怒って小犬と魚をり替えて還った。下の爺自分の筬に入った小犬を持ち還り成長せしむると、日々爺の道具等を負って爺に随って山へ往く。

    一日犬山に入って爺に教え、あっちの鹿もこっちへう、こっちの鹿もこっちへ来うと呼ばせると、鹿多くあつまり来るをことごとく殺して負い帰り、爺婆とともに煮て賞翫する。所へ上の家の婆来って仔細を聞きその犬を借りて行く。

    翌日上の爺その犬に道具を負わせて駆って山に往き、鹿と呼ぶべきを誤ってあっちの蜂もこっちへ来う、こっちの蜂もこっちへ来うと呼ぶと、諸方より蜂飛び来って爺のキン玉をし、爺大いに怒って犬を殺しその屍を米の木の下に埋め帰った。

    下の爺てども犬が帰らず。上の爺を訪ねて殺されたと知り、尋ね往きてその米の木を伐り、持ち帰ってり臼を造り、婆とともに「爺々前には金下りろ、婆々前には米下りろ」と唄うてくごとに、金と米が二人の前に下りた。

    にわかに富んで美衣好食するを見て上の婆羨ましくまた摺り臼を借りて爺とともに挽くに、唄の文句を忘れ「爺々前には糞下りろ、婆々前には尿下りろ」と唄うた通り不浄が落ちたので、怒ってその臼を割って焼きしまった。下の爺臼を取り還しに往くと灰になって居る。

    灰でもよいからとてざるに盛って帰り、沼にあるがんに向って、「鴈の眼さ灰入れ」と連呼してその灰を蒔くと、たちまち鴈の眼に入ってこれをたおし、爺拾い帰って汁にして食う。

    そこへ上の婆またやって来て羨ましさにその灰を貰い帰った。向う風の強い晩に、爺屋のむねに上ってこれをくとて文句を誤り「爺々眼さ灰入れ」と連呼したので向う風が灰を吹き入れてその眼をつぶし、爺屋根より堕つるを鴈が落ると心得、婆が大きなつちで自分の老夫をたたき殺したというのだ。

     馬琴の『※(「覊」の「馬」に代えて「奇」、第4水準2-88-38)旅漫録』上に、名古屋で見た絵巻物を列した内に「『福富ふくとみ草子そうし』云々、京にありし日同じ双紙の写しを見たり、橋本氏の所蔵なり(追書に橋本経亮の所蔵を見たり、そを写させしが京伝きょうでん子懇望により贈り与えたり)、今児童の夜話に花咲爺というものよくこの福富長者の事に似たり、これより出たる話にや」と記す。

    『福富草子』は足利氏の世に成ったもので、『新編御伽草子おとぎぞうし』の発端に出おり今は珍しからぬ物だが、京伝、馬琴の時には流布るふ少なかったと見える。これは福富の織部おりべなる者面白くをひる事に長じ、貴人面前にその芸を演じ賞賜多くて長者となる。隣人藤太これを羨み、長者より薬を貰い、今出川中将夫妻らに謁して芸を演じ損じ不浄をしゃし、随身に打たれ血に塗れて敗亡した始末を述べたものだ。この話の根本らしいのが仏経にある。

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    「犬に関する伝説」は『十二支考〈下〉』 (岩波文庫)に所収

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