呂雉(りょ ち)
呂雉(生年不詳〜紀元前180年)。漢の高祖劉邦の皇后。恵帝の母。呂后、呂太后とも呼ばれます。
夫劉邦の死後、子や孫を即位させてその後見として権力を振るい、血なまぐさい事件を度々起こしました。
「中国三大悪女」のひとり(他の2人は唐代の武則天と清代の西太后)。
呂雉(生年不詳〜紀元前180年)。漢の高祖劉邦の皇后。恵帝の母。呂后、呂太后とも呼ばれます。
夫劉邦の死後、子や孫を即位させてその後見として権力を振るい、血なまぐさい事件を度々起こしました。
「中国三大悪女」のひとり(他の2人は唐代の武則天と清代の西太后)。
南方熊楠の手紙:履歴書(現代語訳31)
漢の呂后、随の独狐后、唐の則天などは知らないが、梅毒ということが盛んに行なわれる世となっては、これを伝えらえらた妻が性質を一変して怒りと妬みより牝獅が子に授乳するときのように狂い出すのはあり得ることで、今の世に妻に頭の上がらない夫は10のうち8,9はこのひとつの過失があったため、女々しくも閉口していると見え申す。
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