オコゼについて
※初めての柳田国男宛て書簡。熊楠の「山神オコゼ魚を好むと云う事」を読んで感動した柳田国男がまず熊楠に書簡を出し、それに対する返信がこの書簡。
拝呈。19日付芳翰、まさに今朝拝受。また『学生文芸』第2号(※柳田の論文「山神とオコゼ」掲載※)も拝受、一読し、すこぶる感興を覚え申し上げました。
ヤマノカミと申すオコゼはまったく件の御論文中に出ています図のものです。山男に関することをいろいろ聞き書き留め置いていますが、諸処に散在しており、ちょっとまとまらず、そのうち取りまとめ差し上げ申しましょう。支那の山操、また安南(※ベトナム中部※)、交趾(※コーチ:ベトナム北部※)、また欧州にも16世紀ごろまでアイルランドにこのようなものの話があります。それらのことを前年大英博物館にあった日、写し懸けおきました。これらもそのうちまとめて差し上げ申しましょう。地名のことは、小生は一向に手をつけておらず、また手がかりもなく、写真、絵葉書などはこの辺にはございません。
戦国のころ(文明ころか)の近江の中村某の著『奇異雑談』と申すものを小生一覧したいのですが、いかに捜索しても手に入りません。もし御蔵書のなかにあれば半ヶ月間ばかりお貸しくださいませんか。
小生は、当県(※和歌山県※)の俗吏等がむやみに神社合祀を励行することが行き過ぎていて(三重県の他にこのような励行の例はない)、一切の古社神林を濫伐することを憤り、英国より帰って10年ばかり山間に閉居し動植物学を選考いたしていましたが、もはや黙しているときではないと考え、一昨年秋より崛起してこれに抗議し、一時は英国の学士会院などより我が政府に抗議させようかと存じましたが、皇国のことを外国人の手を借りてかれこれさせるのも本意でないと考え直し、昨年の議会にて当県の代議士中村啓次郎氏に一切の材料を給し、内務大臣へ質問演説を2度までさせ、そんなことから神社合祀は全国でほとんど中止となりました。
ところが、当県の俗吏俗祝等はこのことより小生を甚だしく憎み、昨年8月小事に託して小生を18日間未決監に投じ、和歌山市の弁護士会などが蜂起してこれを咎めてから、何のこともなく無罪として出しました。そのうち脚部が悪くなり(長坐のみしたため)、今も体がよくない。今年の議会へもまた中村代議士にいっそう手のこんだ調査書を出し演説させようとしたが、南北朝の争議などでとうていこのことは議案に上らない。
しかし、せっかく調べたものなので、その材料をもって近日内務大臣にしてくれるように頼みやっております。成り行きがどうなるかわからず心配で、目下ぶらぶらしておりますが、貴下、何かしかるべき新聞、雑誌などへ、右小生の議論の一部をご紹介くださいませんか。小生の調書はなかなかの長文なので、貴下なり誰なりが、その重要な点を選抜し出してくだされたく存じます。
神社濫滅のため土俗学・古物学上、また神林濫伐のため他日学術上非常に珍材料となる生物の影を止めず失せ果てるものが多く、さて神職等は功績もないのに高い報酬を受け飽坐して何のなすところもなく、淫祀狐蟲の醜俗が蜂起することは、じつに学問のためにも国体のためにも憂うべき限りであります。
いずれ今月中には善悪とも片付くでしょうから、その間、さらに山男のことなどを調べ上げ、ひとつひとつお知らせ申し上げましょう。
また英国の雑誌で小生を当て込んで質問が出ていますが、一向に手がかりがなく困っております一条は、死人の最も親しい親族が見るとき、遺体から血が出る(鼻血が多いとすると聞く)と申します。このこと、何か本邦の文書に載っているものがありますか。
井上円了氏の『妖怪学講義』などを見れば手がかりがあるだろうと存じますが、その書が手許になく困っております。欧州では、殺された人の遺体は殺した者の前で血を出すと申し伝えるとのことです。これは文書にも載っている例が多いです。
右御返事まで早々申し上げます。山男のことはいずれ一件落着次第申し上げましょう。以上。
明治44年3月21日
南方熊楠拝
柳田国男様 御侍史