(竜とは何ぞ12)
フィリップ氏またキリスト教法で竜を罪悪の標識、天魔の印相とする風今に変らざる由を述べていわく、中世異端を竜に比し、シギスモンド帝はジョン・フッスの邪説敗れた祝いに、伏竜てふ位階を新設した。また中世地獄を画くに、口を開き火を吐く竜とした。悪魔を標識せる竜の像を祭会の行列に引き歩く事も盛んで、ルアンのガーグイユ竜などもっとも高名だ。かかる竜の像は追々その本旨を忘れ、古ギリシアの善性竜王同様、土地の守護神ごときものに還原され了ったとは、わが邦諸社の祭礼に練り出す八岐大蛇が本人間の兇敵と記憶されず、災疫を禳い除くと信ぜらるるに同じ。
また天文に竜宿なるは、その形蛇に似たから名づけたらしいが、ギリシアの神誌にヘラクレスに殺されて竜天に上りてこの星群となったというと。熊楠いわく、インドでも〈柳宿は蛇に属す、形蛇のごとし、室宿は蛇頭天に属す、また竜王身光り憂流迦といい、ここには天狗と言う〉。日本で天火、英国で火竜と言い、大きな隕石が飛び吼えるのだ。その他支那で亢宿を亢金竜と呼ぶなど、星を竜蛇と見立てたが多い。
それから『聖書』にヨハネが千年後天魔獄を破り出て、世界四隅の民を惑わすと言ったを誤解して、紀元一千年が近くなった時全欧の民大騒ぎせし事、明治十四年頃世界の終焉が迫り来たとて、わが邦までも子婦を取り戻したり、身代を飲み尽くした者あったに異ならず。その時欧州に基督敵現出して世界を惑乱させ、天下荒寥むといい、どこにもここにも基督敵産まれたといって騒いだ。その法敵も多く竜の性質形体を帯びた物だった(『エンサイクロペジア・ブリタンニカ』巻三)。
第三図は、この法敵とキリストと闘うところだ。またそれに次いで大流行だった如安法王の伝というは、九世紀に若僧と掛落した男装の女が大学者となって、ついにレオ四世に嗣いで、ローマ法王となり、全く男と化けて世を欺きいた内、従僕の子を姙みし天罰で、あろう事か街の上に産み落したその場で死に、その子は世界終る時出づべき法敵として魔が取り去ったそうだ。
この女は死して地獄に落ちるので地獄を竜の口としある(ベーリング・グールド『中世志怪』)。基督敵同前の説が仏教にもありとはお釈迦様でも気が付くまい。すなわち『大法炬陀羅尼経』に、悪世にこの世界所有悪竜大いに猛威を振い、毒蛇遍満して毒火を吐き人畜を螫し殺し、悪人悪馬邪道を行い悪行を専らにすと説かれた。
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「田原藤太竜宮入りの話」は『十二支考〈上〉』 (岩波文庫)に所収