鼠に関する民俗と信念(その12)

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     明治二十四、五年の間予西インド諸島にあり落魄らくはくして象芸師につき廻った。その時象が些細な蟹や鼠を見ていたく不安を感ずるをた。そののち『五雑俎』に象は鼠をおそるとあるを読んだ。

    また『閑窓自語』を見るに、享保十四年広南国より象を渡しし術を聞きしに「この獣極めて鼠をいむ故に、舟の内にほどを測り、箱のごとき物を拵え鼠をいれ、上に綱をはりおくに、象これをみて鼠を外へ出さじと、四足にてかの箱の上をふたぐ、これに心を入るる故に数日船中に立つとぞ。しからざれば、この獣水をもえたる故に、たちまち海を渡りて還るとなん」とあり。

    この事和漢書のほかまたありやと疑問を大正十三年ロンドン発行『ノーツ・エンド・キーリス』一四六巻三八〇頁に出したを答えが出ず、かれこれするうち自分で見出したから十四年七月の同誌へ出し英書にこの事記しあるを英人に教えやった。すなわち一九〇五年ロンドン出板ハズリットの『諸信および俚伝』一の二〇七頁に「観察に基づいた信念に、象は野猪の呻き声のみならずトカゲなどの小さい物に逢っても自ら防ぐ事むつかしと感じおどろくという事あり、欧州へ将来する象を見るに藁の中に潜むハツカ鼠を見て狼狽ろうばいするが常なり」と載す。

    かく象がいたく鼠を嫌う故、大黒が鼠を制伏した体を表わして神威を掲げた事、今日インドで象頭神ガネサが鼠にのる処を画き、昔ギリシアのアポロ神がクリノスより献じた年供ねんぐを盗んだ鼠を射殺したので、その神官が鼠に乗る体を画いたと同意と考う。と書きおわってグベルナチス伯の『動物譚原』二の六八頁を見るに、ガネサは足で鼠を踏み潰すとある故、ますます自見の当れるを知った。

    古ローマの地獄王后ブロセルビナの面帽は多くの鼠を散らし縫った(一八四五年パリ板、コラン・ド・ブランシーの『妖怪辞彙』三九三頁)。鼠は冬蟄し、この女神も冬は地府に帰るを表わしたのだ。それから推して大黒足下の女神は鼠の精と知れる。されば、増長、広目こうもく二天が悪鬼毒竜をふみ、小栗判官おぐりはんがん和藤内わとうない悍馬かんば猛虎にまたがるごとく、ガネサに模し作られた大黒天は初め鼠を踏み、次に乗る所を像に作られたが、厨神として台所荒しの鼠を制伏するの義は、上述中禅寺の走り大黒くらいに痕跡を留め、後には専らこれを愛し使うよう思わるるに及んだのだ。

    淇園きえん一筆』に、大内おおうち甲子祭きのえねまつりの夜紫宸殿ししんでんの大黒柱に供物を祭り、こと一張で四辻殿林歌の曲を奏す。これ本より大極殿の楽なり、この曲を舞う時、舞人甲に鼠の形をつけ、上の装束も色糸で幾つも鼠を縫い付くるとある。これも大黒に縁ある甲子の祭りにその使い物の鼠を愛しあそぶようだが、本は鼠が大黒柱を始め建築諸部を損ぜぬよう、鼠を捉うるまねしてこれを厭勝ようしょうしたのであろう。

     今日ボンベイ辺の下等民は鼠を鼠叔父と呼び、鼠と呼ぶを不吉とす。これは本邦で鼠を正月三ヶ日はヨメとのみ言った同然忌詞いみことばだが、真に叔父死して鼠となると思う者もあるらしい(クルック、二四二頁)。ドイツの俗信に死人の魂は鼠となる、家の主人死すれば家内の鼠までも出で去るという。サルマチア王ポペルス二世その伯叔父を暗殺し、屍骸を川に投げ込むと鼠となって王夫婦を殺した(グベルナチス、二巻六七頁)。ポーランド王ポピエル悪虐に過ぎしをいさめた者あり。王病といつわりその輩を召して毒殺し、その屍を湖にげ入れて安心し酒宴する席へ、夥しい鼠が死体から出て襲来した。王おそれて火で身を囲うと鼠ども火をくぐって付け入る。妻子同伴で海中の城にのがれると鼠また来って食い殺した(ベーリング・グールドの『中世志怪』四五三頁)。

    チュリンギアで下女一人眠り、朋輩は胡桃くるみぎいた。見ると眠った者の口から魂が鼠となって這い出し窓外に往った。起せど起きぬから他室へ移した、しばらくして戻った鼠が下女の体を求めど見えぬ故消え失せた。同時に下女は睡ったまま死んだという(コックスの『民俗学入門』四三頁)。本邦でも『太平記』に見えた頼豪らいごう阿闍梨あじゃり、『四谷怪談』のお岩など冤魂が鼠に化けたとした。

    西暦六世紀にバーガンジー王たりしゴンドランが狩りに疲れて小流の側に睡る。侍臣が見て居る内、王の口より小さい獣一疋出て河を渡らんとして能わず。侍臣剣を抜きて流れに架すとそれを歩んで彼方かなたの小山のふもとの穴に入り少時の後出て剣を踏んで王の口に還り入った。その時王めて、われ稀代の夢を見た、たとえば磨いたはがね作りの橋を渡り、飛沫ひまつ四散する急流を渡り、金宝で満ちた地下の宮殿に入ったと見て寤めたと。因って衆をあつめ自身の夢と侍臣が見た所を語り、一同これはきっとその穴に財宝がかくされおり王がこれを得るに定まりいると決した。王すなわちその穴を掘って多く財宝を得、信神慈善の業に施したという。その時侍臣が流れに架した剣の図というを見るにいわゆる小獣を鼠鼬様の物に画きある。これまた当時のバーガンジー人が人の魂は鼠鼬の状を現ずと信じた証拠だ(チャムバースの『日次書』一巻二七六頁)。

    これは人の魂が鼠になって、夢に伏蔵すなわち古人が財蔵を埋め隠したのを見付けたのだが、伏蔵を鼠が守った話も多い。けだし「蛇に関する民俗と伝説」に書いた通り、インド、欧州また日本でも財をおしむ者死して蛇となり、その番をすると信ずると等しく、鼠もまた財宝を埋めた穴にむ事あるより、時に伏蔵を守ると信ぜられたのだ。

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    「鼠に関する民俗と信念」は『十二支考〈下〉』 (岩波文庫)に所収

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