情事を好く植物(現代語訳1)

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情事を好く植物(現代語訳)

  • 1 健陽剤
  • 2 大山神社
  • 3 寄生植物の膨張力

  • 健陽剤

     

    「同性の愛に耽る女性」に述べた通り、支那で健陽剤とする鎖陽という草は、学名チノモリウム・コクチネウムとて、ツチトリモチ科に属し、色は赤く犬の陽物に似た物だ。

    その形から思い付いたらしい珍説を『本草綱目』に載せて「鎖陽は野馬や蛟竜が遺精した跡へ生える。形は甚だ男陽に似ている。あるいは、里の淫婦、就いてこれに合すれば、ひとたび陰気を得て勃然悠長す、という。土地の人は掘り取って乾かし薬とする。大いに陰気を補い、精血を増す」と言っている。

     この物は日本に産しない。この物の属するツチトリモチ科の物は3種ばかり日本にあると記憶する。蛇菰(つちとりもち)は琉球にあることが古くから知られていたが、松村博士が往年伊豆で見つけ出し、それから土佐や信濃でも見つけ出したと覚える。紀州でも東牟婁郡大甲山(たいこうざん)の産を予が持っている。もう1種の奴草(やっこそう)という奴は前年土佐で見つけ出され、次に予が那智山二の滝の上で穫った。もう1種はちょっと憶い出さない。いずれも寄生植物で、多少男根に似ている。

     また支那で強陽益精剤とする肉蓯蓉(にくしょうよう)というのも、陽物状の物で、野馬の精液が地に落ちて生ずるものだという。これはハマウツボ科のペリペア・サルサという草で、シベリア南部や蒙古などから塩漬けして支那へ輸入する。

    わが邦の本草家は従来同じくハマウツボ科の「きむらたけ」また「きまら」また「おにく」という物を肉蓯蓉に充てていた。これも男根様の寄生植物で、全体に鱗があり、長さは1尺余に及び、黄褐色で、「みやまはんのき」の根に付き生じる。日光の金精峠の産が最も名がある。金精神を祭った山で、金精を「きんまら」と訓む。それを略して「きまら」、それから「きむら」というのだと聞く。壮陽益精剤として富士山などでも売るとのこと。学名はポシュニアキア・グラブラだ。

     これらの植物いずれも形が陽物に似ているので、同感薬法から健陽益精剤と見立てられ、また野馬や蛟竜の遺精から生えるの、淫婦に合されて陰気を得ると怒長するのと汚名を受けたのだ。同感薬法の訳は、月刊『不二』初号9〜11頁に載せて置いた〔「陰毛を禁厭に用うる話」〕。

     南欧州や西アジアで古来マンドラゴラという草を呪術に用い、また薬の材料とし、情事の成就や興奮の妙剤としてすこぶる名高い。非常な激毒があって、ややもすれば人を狂わせる。アラビア語でヤプロチャク、これを支那書に押不盧薬と訳し、とても信じ難い話を載せているが、その話は支那人の手製でなく欧州の古書にも載せてある。明治28〜29年の『ネイチャー』という雑誌に予がその論を長々しく出し、独蘭仏諸国の学報にも転載されたが、これはまた後日別に述べるとしょう。この草の根が人体の下腹から両脚のさまに似ているので、やはり陰部のことに妙効ありとされたので、わが邦で婚儀に二股大根を使うのも似たことだ。

    レオ・アフリカヌスが16世紀に書いた『亜非利加記(デスクリプチヨネ・デル・アフリカ)』第9篇に「アトランテ山の西部にスルナグという草がある。その根を食べて陽を盛んにし歓楽を多くすることができる。たまたまこれに小便をかける者があらば、その陽はたちまち起立する。アトランテ山中に羊を飼う生娘たちが故なくて破膜した者が多いのは、みなこの根に小便をかけたからだ。このスルナグのために処女膜を失うのみならず、全身が草毒で肥え太る」とある。

     一八九六年版、ロバートソン男爵の『カフィル人篇』433頁に「ヒンズクシュの山間のアガルという小村に妙な草がある。鉄砲で打ち裂くと、その葉が地に落ちぬ間に、砲声に驚き飛び散る鳩がことごとくその葉をくわえて去る。かつて1人の男子がこの草の葉を得て帰ると、10余人の女子が淫情が勃興し、制することができず、唸りながら付いて来る。家へ帰ると母が出て来て子を見るや否、声を放ち、お前は何物を持って来たのか、我たちまち何とも気が遠くなって来て耐え難い、何であろうと手に待った物を捨ててしまえと命じたので、その葉を投げる。葉が大きな樹の股に落ちると同時に樹の肢が2つに裂け開いた」とある。これが最も猛勢な媚薬で、婦女を破るの力烈しく、婦女がこれに近づくと性慾が暴発して制することができず、しきりに破れんことを求めるものらしいが、ちっとも信を置くに足らない話だ。

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    「情事を好く植物」は『南方熊楠コレクション〈5〉森の思想』 (河出文庫)に所収。

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