南方二書(口語訳12)


南方二書(口語訳)

  • 1 那智山濫伐事件
  • 2 証拠品の古文書
  • 3 拾い子谷
  • 4 那智のクラガリ谷
  • 5 植物の全滅
  • 6 闘雞神社の大樟
  • 7 土地固有の珍植物
  • 8 人民への悪影響
  • 9 全国の神社合祀
  • 10 神社は地域の大財産
  • 11 珍しい動植物
  • 12 学問上貴重な神社林
  • 13 西の王子
  • 14 出立王子,三栖中宮,三栖下宮,本宮
  • 15 新宮
  • 16 神道
  • 17 秘密儀
  • 18 火事を消そうとする雉
  • 19 日高郡
  • 20 学術上の材料
  • 21 巧遅より拙速で
  • 22 糸田猿神社,竜神山
  • 23 奇絶峡,小土器
  • 24 古蹟の保存
  • 25 高原,十丈,野中,近露の王子
  • 26 これにて擱筆

  • 学問上貴重な神社林

    粘菌
    Yellow slime mold / Kristie's NaturesPortraits

     小生は植物大家などとちらほら東京、大阪の新聞へ出ていますが、小生は植物学を正式に学んだことはなく、在英のとき書籍学(ビブリオグラフィー)を日々の営業とし、その暇に遊んでもいられないので、手当り次第に書籍の contents を誦していた。さて帰国のとき、大英博物館のモレー George Murray を訪ねたとき、「日本は隠花植物(菌、藻など)の目録がいまだ成らないのは遺憾である、何とぞ暇があれば骨を折られたきことである」とのことで、帰国後、商業は嫌いで、すでに11年、この熊野におり、主として淡水藻と菌類および粘菌を集め画し、粘菌はその発生経過などのことを少々潜心して研究している。

    どこにでもあるものなので、どこの森を伐ろうがかまわないじゃないかと言われようが、実際はそうではない。20町30町地押し(※じおし:検地※)するように委細に調べても、まったく普通種1種をも出さない森がある。また当田辺町を去る3,4町ばかりの糸田の猿神社(※高山寺に隣接してあった※)のタブの老木株は1丈に満たないものであるのに、従来日本にないと思われた粘菌を30種ほど見出し、そのひとつは新種である。

    だからここのように、町に近く便利な地に30種も年々定まって生ずる地を点定しておくと、何の点定もなく探したらあるだろうとといってぶらぶら捜しまわるのとは、学者が使う経費にまったく隔たりがある。学問の進歩にも大きく関係のあることである。

     一所不住と称せられる下等隠微植物ですらこのようなことなので、高等顕花羊歯群植物など住処にはなはだ癖のあるものは、なるべくその住処を知っておき、そこそこに保存されたいことではございませんか。(右の猿神社は全滅、樹木1本もなく、村の井戸は濁り、飲むことができない。)

     これを例にすれば、カラタチバナと申すものは、前年牧野氏が植物採集に出かけたときは、土佐辺の栽培品に基づき記載されたと存じます。小生が知るところでは、本州では紀州の外にあまり聞こえない。さて9年ばかり前に、那智では小生が3、4本見出す。このものは変態が多いものと見え、自生品にすでに白斑あるものが2本あった。

    その後まったく見出さなかったが、この田辺より3里ばかりのと申す大字の八上王子の深林中で宇井氏が見出す。それから栗山昇平氏が一昨年栗栖川の神社合祀跡で見出す(むろんただ今は消滅)。寛政7、8年ごろカラタチバナが大いに賞玩され、1本の価千金に及んだものがある。従来蘭や牡丹の名花は百金に及ぶものがあるけれど百金を出た例を聞かない、と『北窓瑣談』に見えている。hortorum の名をつけたのも、この栽培品によったのであろう。何にせよ、当県では少ないものである。

     そうして右の八上王子は、『山家集』に、西行熊野へ参りにけるに、八上の王子の花面白かりければ社に書きつけける、

    待ち来つる八上の桜咲きにけり荒くおろすな三栖(みす)の山風

     といって名高い社である。シイノキ密生して昼もなお暗く、小生が平田大臣に見せようとして写真を撮りに行ったが光線が入らず、止むを得ず社殿の後ろからその一部を写したほどのことである。この辺に柳田国男氏が本邦風景の特風といった田中神社があり、勝景絶佳である。また岩田王子(※おそらくは稲葉根王子のこと※)という重盛が父の不道を悲しみ死を祈った名社がある(※『平家物語』では熊野本宮証誠殿の御前で※)

     これらの大社7つばかりを、例の1村1社の制に基づき、松本神社といって大字岩田の御役場のじき向かいにある小社、もとは炭焼き男の庭中の鎮守祠であったものを炭焼き男の姓を採って松本神社と名づけ、それへ合社し、跡のシイノキ林を濫伐して村長、村吏らが私利を取ろうと計り、78戸ばかりのうち村長の縁者2戸の他はことごとく不同意であるのにも関せず、基本金500円から追々値上げして2500円まで積み上げたのを、わざと役場でささえ止めてその筋には告げず、5000円まで上がった際に村民に迫り絶体絶命に合社させようとしたが、その村に盲人がいて、このことを悲しみ、小生方へ2、3度、言い訴えに来る。

    そこで小生はこのことを論じて大いに村長をやりこめ、合祀の難を逃れ今日までも存立している。小生自らが走って行き、役場員が呆れて見る前で写真を撮り、歩行して松本神社の大きさを測ったところ、わずかに長さ32歩幅26歩ばかりの小境内である。そこへ酒屋の倉の屋根のようなものを移して来て、他の神社9を蜂の子のように押し込み、さてその9社の跡の神林を私利のために伐り尽くそうとしたのだ。

     この村長は松本甚作といって模範村長である。この人はお上を欺くことにすぐれていて、まず村の小学校へ校医と裁縫教師を幾名置いたと報告する。その校医であり裁縫教師である人に遭って聞くと、まったくそんな任命は聞いたこともないという。また村の実況を書き上げよと託された教員が、村の一部に賭博するものが多少いると実況を書いたところ、たちまちこの教員を放逐する。

    政府の御用新聞である『国民』子すら、昨年書いたように、今日の模範村長などはみな書き上げをよくすることにだけ努め、じつは模範村長となって鼻糞金30〜40円を頂戴するために、村民が迷惑をこうむり、風俗が壊乱し、古物名跡を乱滅するのは、悲しむべきことでございます。(この松本神社などの写真は、中村啓次郎氏、平田子爵に示し、その不都合を言い立てている。)

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    「南方二書」は『南方熊楠コレクション〈5〉森の思想』 (河出文庫)に所収




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