南方二書(口語訳16)


南方二書(口語訳)

  • 1 那智山濫伐事件
  • 2 証拠品の古文書
  • 3 拾い子谷
  • 4 那智のクラガリ谷
  • 5 植物の全滅
  • 6 闘雞神社の大樟
  • 7 土地固有の珍植物
  • 8 人民への悪影響
  • 9 全国の神社合祀
  • 10 神社は地域の大財産
  • 11 珍しい動植物
  • 12 学問上貴重な神社林
  • 13 西の王子
  • 14 出立王子,三栖中宮,三栖下宮,本宮
  • 15 新宮
  • 16 神道
  • 17 秘密儀
  • 18 火事を消そうとする雉
  • 19 日高郡
  • 20 学術上の材料
  • 21 巧遅より拙速で
  • 22 糸田猿神社,竜神山
  • 23 奇絶峡,小土器
  • 24 古蹟の保存
  • 25 高原,十丈,野中,近露の王子
  • 26 これにて擱筆

  • 神道

    渡御前社
    渡御前社 / み熊野ねっと

     そうして当局者は、合祀は敬神の実を挙げるとか、その真意は善いとかいうが、真意はどうであろうが成績ははなはだ悪く、すでに当県の村長が県庁を欺き県費をちょろまかした数は22に及び、全国第一の名があるのだ。

    また合祀の最もはなはだしかった三重、和歌山の交界点である新宮町に、大逆事件に最多数(6人)の逆徒を出した。無智の村民でも、召伯の甘棠(かんとう)を伐るに忍びず(※?※)、僧侶の最悪な者でも、甘茶を釈迦に注ぐのを忘れない。それなのに君子は人を愛して屋上の烏に及ぶと言うのに、国祖皇宗神武天皇の社を破壊公売して快しと称するのは、これはすでに官公吏が率先して大危険思想を挙行するものではないだろうか(このことは『東京朝日新聞』へ小生が出し、次いで『万朝』かなんかへも出て、当局は大いに返答に困っていた)。

     むかし四教が勃興した際は、回祖回宗(マホメットカリツフ)自らみな1日に若干時の営業をした(はなはだしい場合は、籠を編んで道路で売った者もある)。ただ今その教えが衰えるに及んでムーラ、ハジなどと称して、当国の法界坊(※乞食※)のような遊食の徒がおびただしく、安楽坊梅八のように、踊りまわって銭を乞う者がはなはだ多いのは、松村教授がトルコに遊んで実際に見ていることであろう。

    神官が貧乏になったのは彼輩の罪である。その満足な者はいずれも役場へ勤め、小学校を助教し、それぞれ世に益があったのだ。ロンドン、ニューヨークは盛んだが、寺院は7日全く拝み通しのものではない。僧侶はそれぞれ内職に学問を教え、文学を著述し、小学を教え、孤児を教えて、心安まる平穏な日はない。有名な僧侶で、淡水藻のプレパラートなどを手製して糊口の資とした人がいる。菌学の父といわれる故バークレー氏なども、糊口のためにギリシャ語を教え、菌学はわずかに夜間の睡眠時間を節して勤められたのだ。

     それなのに、当国ただ今のように逼迫の世に、神道のような不文不典の教えを、強いて、この無智、無学、浅見、我利我欲の劣○神機の輩に拡張させようとして、強いて旧史、地誌、土俗、郷風に大関係のある神社を滅却してまでも、その俸給を増やそうとするのは理解できない。

    もし本当に庶民の文化が開かれていないのを導かさせ、足らないものを補わせようとするならば、市町から始めて村と大字に及ぼし、ゆっくりとその人を養成して、そうして後にこれを改め補い、数社を兼務して専ら神事をつかさどり、遊食片時であるのを得ざらさせてもよい。それなのに今、神主その人を得ず、またその人数に満たないのに、強いてまず神社から潰してかかることは理解できない。西洋にも1人の僧で諸寺の管理を兼ねる例は多く、その人はそのため何もせず遊んで暮らすことはない。神事をまた等しく挙げるのだ。

    ましてや大きい市や大きい町と等しく、3000円5000円の金を一時に積み立てることを寒村僻邑に迫り、これを積み立てられなければその社を滅却し、古樹老木までも全滅させてなお10分の1の金額にも足らないことを知りながら、強いてこれを濫伐させるのは、ひどいことではないか。もし本当にその社の永続を期待しているのなら、民の自由に任せ、その民が神社の存立を願うならば、20年なり30年なり50年なり、永世を期して一定の社領税を課して、だんだんにこれを積み立てさせてもよいのだ。

     わが国の人には、もともと一種欧人に見ることができない優雅謹慎の風俗があるとは、小生が24,5年前に米国に留学したときに毎度聞いたことである。その後、10年ばかり前に英国にいて、わが国に古くから往来した人士からしきりに聞いたのは、わが国の人は年々にこの美風を失っていくとのことである。これは、わが国はもともとの封建制で君主藩主のない土地といってもなく、したがって目上の人に対して生来敬慎の美風を育んできた遺風が多く起こるのはもちろんのことである。

    今日は昔と変わって、われらのような素町人の子も時を得れば才次第で男爵くらいにはなりうる世なので、大臣や次官くらいを見ても何とも思わない。すでに心底から何とも思わないものに、上述のような謹敬欽仰の念が起こらないのは知れ切ったことである。ましてや、その目上である人が多くは背徳不名誉な行いをする。狼に王冠を載せたようなものであるので、謹敬欽仰の念が起こるはずがない。

    ただし、ただひとつ封建制より一層古く国民一般に粛敬謹慎の念を心に刻ませているものがある。何か。最寄り最寄りの古神社である。いわゆる何ごとのあるかは知らねど有難さに涙こぼるるのも、これである。

    神道は宗教に相違ないが、高語論議をもって人を屈服させる顕教ではない。言葉が途絶え、李白も賦することができず、公孫竜も弁ずることができない間に、心底からわが国万古不変の国体を一度に感じ、白石が秋田氏の譜(『藩翰譜』)にいったように(たとい有史以前は多種の人種が混雑していたとしても)、有史以後、ただ皇族が万世一系であるだけでなく、非人、えたに至るまでも、みなわが国の原人から統を引いているものであることを不可言不可説の間に感じさせる道である。

    ゆえにその教えは多大繁雑の斎忌 taboo system をもって成った慣習条々(不成分律)を具えているだけで、他に何という難しい道義論や心理論はない。

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    「南方二書」は『南方熊楠コレクション〈5〉森の思想』 (河出文庫)に所収




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