南方二書(口語訳8)


南方二書(口語訳)

  • 1 那智山濫伐事件
  • 2 証拠品の古文書
  • 3 拾い子谷
  • 4 那智のクラガリ谷
  • 5 植物の全滅
  • 6 闘雞神社の大樟
  • 7 土地固有の珍植物
  • 8 人民への悪影響
  • 9 全国の神社合祀
  • 10 神社は地域の大財産
  • 11 珍しい動植物
  • 12 学問上貴重な神社林
  • 13 西の王子
  • 14 出立王子,三栖中宮,三栖下宮,本宮
  • 15 新宮
  • 16 神道
  • 17 秘密儀
  • 18 火事を消そうとする雉
  • 19 日高郡
  • 20 学術上の材料
  • 21 巧遅より拙速で
  • 22 糸田猿神社,竜神山
  • 23 奇絶峡,小土器
  • 24 古蹟の保存
  • 25 高原,十丈,野中,近露の王子
  • 26 これにて擱筆

  • 人民への悪影響

    神島
    神島 / み熊野ねっと

     神島のことを柳田氏を経て尊慮を煩わせましたが、これは村長が比較的に物のわかった人で、ついに小生の意に従い、下木を300円で売ってあったうち、700貫目はすでに切っているため、その代価を引き去り、余分を見積もり、入札人へ返却することと4、5日前村会で決議。

    ワンジュは年にただ今5升しかとれず、さて古来の習慣で京都の数珠屋へ売る。201顆を数珠1連として30銭の卸売である。これは今日物価が高いのに、いかにも不当に安い価なので、買わねば買ってもらわずともかまわないとの決心で、まず1連90銭くらいで売ることに致させ、そのうちまた横浜の外人らへ売先を得られることと致します。

    巡礼などがこの豆を持てば旅中、蛇やマムシにかまれないといって買いに来て、役場で売るのだ。(英国の北部にも Virgin Mary's Nut と称し、熱地から流れよるシトップを数珠の親玉とし、巫蠱 wiches 邪視 evil eye を避ける風習があるとのこと。)ただ今、花が盛んに開いており、小生は右の村長と近日写真を撮りに行くので、よくできたら1葉差し上げましょう。

     市江(いちえ)と申す所は、この田辺から5里(※1里は約4km※)ばかりの所にある浦である。そこにもあるとのことだが、実らない。この市江の社から、前日、宇井氏がキキョウランを発見する。これも、ただ今は栽培品は湯浅町にあるが、自生はとんと少ない。これらは口外すればたちまち取り尽くされる。また口外せずとも、すでに合祀した跡なので、早晩絶滅である。

     この市江という所は、不便きわまる海浜の小村で、もっとも近い他村へ、いずれへ歩いても2里ばかりある。郵便配達夫がが毎度面倒がり、書状を砂の中へ隠して帰り、数日に一度隠した書状が多くなってから配達するので、罪に落ちるほどのことである。ゆえに数里離れた所へ合祀されて後は、小児の名付け、その他に、自分ら祖先来の神に詣ることが叶わず、苦しんでいる。

     本県は合祀励行1村1社の制を強行して、神社乱滅、由緒混乱、人民むかうところを失い、淫祠邪魅が盛んに行なわれ、官公吏がすでに詐道脅迫をもって神様を奪い取る。人民はまた何なりして官を欺くのがよろしいというようなことで、当県官公吏の犯罪(村長の)全国第一である。

    加えて、高野、熊野その他で山林濫伐、偽証払下げの罪人を多く生じ、当該官当局はまたこれをはなはだしく悔いているが、今度は人民の方が一層狡猾になり、小生が千辛万苦して、せっかく数千の私資金を費やし、多大の年月を消して作ったプレパラート(主としてカビ、キノコ、淡生藻。粘菌は、当県および十津川にて、すでに100種まで見出し、大英博物館に列品している)の洩れ損ずるのをも顧みず、去年ついに牢舎につながれるまでも奔走説得して保留した神社は多かったが、今ではかえって神社を置いた所までも神林を伐るものが多く、小生の親戚すら前金を置きまわり、神林を伐り売買してコミッションを獲て営業とする者がある。じつに困りきったことでございます。

     日置川筋の神社合祀はじつにはなはだしく(去年3月23日ごろ、すなわち衆議院閉会前日の官報でご覧くだされるべき通り、代議士中村啓次郎氏の神社合祀に関する長演説がある。これは小生が起草して中村氏が整頓したのを演説したものです。その中にも見える)、30社40社を1社に集め、ことごとくその神林を伐った所が多く、また今も盛んに伐り尽くしており、人民は小児の名づけなどに神社へ詣るのに、往復5里、ひどい場合は10里も歩かねばならず、染物屋(祭りの幟)、果物屋、菓子小売など、下層の人々で神社において生を営んでいたものはみな職を失った。

    加えてもと官公吏であった人は、他県から大商巨富を誘って来て、訴訟して打ち勝ち、至る所の山林を濫伐し、規制を顧みず、径3,4寸の木すら伐り残さない。多数の無頼の人足が村落に充満し、喧嘩、争闘があり、野中村だけで去年中に人の妻娘で失踪した者が8人ある。

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    「南方二書」は『南方熊楠コレクション〈5〉森の思想』 (河出文庫)に所収




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