南方二書(口語訳19)


南方二書(口語訳)

  • 1 那智山濫伐事件
  • 2 証拠品の古文書
  • 3 拾い子谷
  • 4 那智のクラガリ谷
  • 5 植物の全滅
  • 6 闘雞神社の大樟
  • 7 土地固有の珍植物
  • 8 人民への悪影響
  • 9 全国の神社合祀
  • 10 神社は地域の大財産
  • 11 珍しい動植物
  • 12 学問上貴重な神社林
  • 13 西の王子
  • 14 出立王子,三栖中宮,三栖下宮,本宮
  • 15 新宮
  • 16 神道
  • 17 秘密儀
  • 18 火事を消そうとする雉
  • 19 日高郡
  • 20 学術上の材料
  • 21 巧遅より拙速で
  • 22 糸田猿神社,竜神山
  • 23 奇絶峡,小土器
  • 24 古蹟の保存
  • 25 高原,十丈,野中,近露の王子
  • 26 これにて擱筆

  • 日高郡

    和歌山県庁
    Wakayama Prefectural Government Building / ..colb..

              二

     拝呈。一昨夜柳田氏を経て、貴下へ一書差し上げました。右は長文で、小生は文字を習ったことがないので、はなはだ御難読のことと恐縮します。さて、その節の長文は、大意はご了解いただきますことと存じますが、なお遺憾ないように左に増補申し上げます。

     明治39年、原敬氏が内務大臣であり、水野錬太郎氏(小生と大学予備門で同級であった)が神社局長であったとき、出された合祀の訓令には、『六国史』、『延喜式』に載っている神社、勅祭準勅祭諸社、皇室の御崇敬のあった諸社(行幸、御幸、奉幣、祈願、殿社造営、神封、神領、神宝等の御寄進のあったもの)、武門、武将、国造、国司、藩主、領主の崇敬のあった神社(寄進等、上に同じ)、祭神がその地方に功績があり、また縁故があった諸社は、必ず合祀してはならない。また勝景、地勢、土俗に関係の重いものもそうであるとのことで、つまり八兵衛稲成とか、高尾(遊女)大明神とか、助六天神とか、埒もない後世一私人、また凡俗衆が一時の迷信から立てた淫祠小社を駆除するのにつとめたものである。

    那智山に実加賀(じつかが)行者といって巫蠱をもって民を乱迷させ、明治14,5年のころから飛び降りて自殺した者を、大きなしかけで、今も香華が絶えない。このような物が至る所に多く、また寺のなかに天狗、蛇魅、妖狐などを祀るものが多い。在来の旧社の信仰を奪うだけでなく、はなはだ淫猥の風を増す。このような新しくて履歴の正しくないものはことごとく駆除されたいことである。

     故に、この原氏が出した合祀令は至当なだけでなく、小生はその励行をもっとも望んでいる1人である。しかしながら原氏が内閣を去り、平田氏が内相になるに及んで、例の二宮尊徳の「シミタレ宗」を尊崇のあまり、件の原氏の訓令を改修し、務めて神社を潰すことに訓令を定め、金銭を標準として神社を淘汰するに及び、かつその処分は一に県知事に一任し、県知事はまたこれを無学無識の郡長に一任したから、歴史も由緒も勝景も問わず、ましてや、植物、またことに小生が専務とする微細植物などのことは問うはずもなく、ことに当県は官公吏無識無学な上に、土地に関係のない他国からの出稼ぎ吏員が多いので、おのおの得たり賢しと神狩りを始め、いつのまにやら5千円という大金を基本財産と定め、5千円を積むことが出来ない神社を一切掃蕩に及んだ。

     故に、いかなる神社も5千円の基本金はできないので、止むを得ず嫌々ながら泣きの涙で県庁の言うがままに1村1社の制を用い、指定の1社以外の諸社をことごとく伐木し、地処を公売して指定の1社の財産とし、神官神職の俸給を出すこととなる。これのため人民のいちばん純朴な有田郡は1村に1社の外の諸社はことごとく掃蕩され、日高郡はこれに次いで、ただ今1村1社の外に残っているのは3社のみと聞き及ぶ。

     この辺は平原低地で昔から田園が早く開けた土地なので、土地の植物を視察するのは神社の林地の外に見様なく、さてその神社がつぶされ、神林はことごとく伐られたので、有田、日高、すなわち三好教授の言われたように、東西牟婁を本州特有の半熱帯と他の本州の諸温帯植物境の境界線である所で、これまで小生が見るところによると、ハマビシなどは日高郡和田村まで生ずるが、それから南には決してないのと同時に、有田、日高の神社に比較的寒地生の樹木(熊野では決して見ない)サワラの木頂に熱地植物であるマツバランが叢生するなどの珍観があった。神森濫伐のため、このようなことは今日夢にも目撃することは出来ない。

     ついでに申す。和歌浦辺にノグルミの林があった。はなはだ稀なものである。また小生が11年前帰国のときまでは、和歌浦にハマボウがまだ自生していた。今日そんな原産物は全く絶え、代わりにコウヨウザンなど外国のもので、土地、景勝に不似合いなものを多く植え、植物学上の分界を乱すことがはなはだしい。

     ご存知の通り、日高郡はそれほどには広くはないが、日高川は屈曲がはなはだしいため48里の長さがあると称する。そのかたわらに有名な愛宕(あたぎ)の大神林をはじめ、いずれも上述の亜熱帯と温帯と、またことにより寒地植物の交錯点で、研究観察になかなか便利多い土地である。

    しかしながらこの郡は人民がおとなしく郡吏等を鬼のように恐れ、ただ命令に従うで、愛宕の神林も和歌山の南楠太郎という富豪(成金)が神職に賄賂して村の者と訴訟を起し、村民は費用に堪えず、ついに大部分が濫伐されてしまい、その他の諸神林も、あるいは濫伐され、あるいは濫伐中のものも多く、社殿は荒廃し、諸人がいにしえ家が絶えるともこれだけは遺れといって寄進寄付した、田地、石鳥居、石の礎は破毀移有され、まるでタメルラン、アッチラに征服されたインド、ペルシアの史録を現前するように、人民は寧処せず、人気は凋落して、小生などは2度と行って見ることを望まない。

    東西牟婁郡は小生が抗議をもっとも努めた場所なので、今も多少は神林が遺っているものの明日どうなるかわからない。『水滸伝』は、官を賊となし、賊を官とした書であると申し、希代千万なことと存じていたが、どうしたことか、当県は目下そのようで、一私人である小生が及ぶところは(たとえば当田辺町のような)1文の基本金なしに諸社を維持していったが、湯浅、日高では、位階厳然とした大社であっても、その基礎をすら認められないまでに潰された物が多い。

    日高郡上山路(かみさんじ)村のようなのは、大小72社を東という所の社に合祀し、その神宝、古文書を一切集め、社殿に展覧をした夜に、合祀を好まない狂人がいて火を放ち、72社の諸神像、神宝、古文書のことごとくが灰となった。ひどく惜しまれることである。

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    「南方二書」は『南方熊楠コレクション〈5〉森の思想』 (河出文庫)に所収




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