南方二書(口語訳25)


南方二書(口語訳)

  • 1 那智山濫伐事件
  • 2 証拠品の古文書
  • 3 拾い子谷
  • 4 那智のクラガリ谷
  • 5 植物の全滅
  • 6 闘雞神社の大樟
  • 7 土地固有の珍植物
  • 8 人民への悪影響
  • 9 全国の神社合祀
  • 10 神社は地域の大財産
  • 11 珍しい動植物
  • 12 学問上貴重な神社林
  • 13 西の王子
  • 14 出立王子,三栖中宮,三栖下宮,本宮
  • 15 新宮
  • 16 神道
  • 17 秘密儀
  • 18 火事を消そうとする雉
  • 19 日高郡
  • 20 学術上の材料
  • 21 巧遅より拙速で
  • 22 糸田猿神社,竜神山
  • 23 奇絶峡,小土器
  • 24 古蹟の保存
  • 25 高原,十丈,野中,近露の王子
  • 26 これにて擱筆
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    高原、十丈、野中、近露の王子

    高原熊野神社
    高原熊野神社 / み熊野ねっと

     松村、三好両教授が中辺路を御通行の際は、まだ多少の樹林があったのだ。しかし、今回の神社合祀で熊野街道の樹林は全滅したのだ。そのうち高原の王子(『源平盛衰記』によれば、今日チベットのラサに上るように、熊野を死神の楽土とし一同上ったが、この高原王子を下品下乗の最初階の楽土としたのだ)に、800歳ばかりの大クスノキがある。この木を削って棒とし、これを神体とする。

    このクスノキを伐り利を営むために合祀を迫ることがはなはだ切迫していたが、田舎人にして大豪傑である宮本という男は、
    政府の力で神社を合祀しようとするならば、当然、警察吏を派遣して、流行病を扱うように片っ端から処分することとなるだろう。しかしながら毎度毎度来て、一方で慰諭し、一方で脅迫して、合祀請願書を作り、無理に調印を勧めることは理解できない。これは要するに政府の意でも内務大臣の意でもなく、まったく卑しく下品な県郡当局吏の自分の利益にするために行っているのだろうと気づき、基本金5000円をひとりで出すと承諾する。

    そのため宮を潰すことも木を伐ることもできない。そして5000円の催促に来る度に、近傍栗栖川の料理屋へ連れて行き飲食遊宴をさせる。官吏が酒に宵遊ぶうちに日程が尽き、自分の旅費日当が足らなくなり閉口して去る。このようにして長引くうちに、県当局は5000円の基本金を中止し、神職に俸給を給しなさいという条件だけが残ったので、今も神職に何もやらずに高原王子は立派に残る。

     次の十丈峠の王子は、一昨年まであったが、村役場から村の悪党2人に「汝ら十丈王子の神社に由緒ある者の子孫と名乗って合祀を請願せよ。そうした上は合祀後神林の幾分かを汝らに与えよう」と教え、2人が由緒ある者の後裔と偽称して合祀を済ます。さて約束通りくれたものと思い、右の神林を濫伐売木したところ、役場より盗伐として訴え、1人は牢死、1人は1年近く入監し、今だ罪名が定まらないとのこと。このように官公吏が人民を脅迫して教唆して悪をなさしめた例ははなはだ多い。土風壊乱の原因は官公吏と神職がこれをなすのだ。

    また小生が今回乱伐を止めに行く野中近露王子の老樹は、左にその大きさを掲げますが、いずれも写真に撮れないほど大きなもので、古え帝皇将相が奉幣し祈念し、その下を通り恭礼せられた樹である。これらはすでに2800円で落札した者がいる。幸いに金は全く村へ受け取っていないので、何とか乱伐を止めようと小生が出向かうはずである。

    近露村上宮には、絶大の杉があったが伐られてしまった。
    下宮のは、周囲曲尺1丈8尺3寸、1丈9尺1寸、2丈5寸、各1本。
    野中の一方杉、小広峠よりの烈しい風を受け、杉の枝が西南に向かい、生えているのだ。
    周囲2丈5尺1寸、2丈2尺、1丈8尺3寸、他に1丈3尺以上のものが5本ある。
    地勢峻烈で傾斜がはなはだしいため写真を撮ることができない。

     これらの木を伐るために、九十九王子中もっとも名高い野中と近露王子を、何の由緒も樹木もない禿げ山へ新社を作り移し、さて件の木を伐ろうと言いに来る。ただ今の制度は悪く何村第何号林何号木という書き方なので、名木やら凡木やらちょっとわからない。小生は前に心がけていたので、これを抗議したところ、村長なるものが、ならば下木を伐らせてくれという。

    小生は、「下木を伐れば腐葉土がなくなるゆえ、つまり老大木を枯らす、下木は断じて伐るのを禁じなければならない」と言うと、村長は恥じて、「その下木(大杉叢の直下に雑生しているヒサカキ、マサキ、サカキ、ドングリなどの雑小林)をいうのではない、一方杉の生えている所よりずっと数町下の谷底に生えた木をいう」とごまかし去って一笑いで済んだ。

    しかしながら、この辺の公吏は郡長も町長も、昼夜、木を伐って上前をはねることだけを内職余課とする曲者どもなので、ただ今また濫滅しようと取りかかっているのだ。

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    「南方二書」は『南方熊楠コレクション〈5〉森の思想』 (河出文庫)に所収




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