田辺小学児童の校外行動に就て (現代語訳2)

田辺小学児童の校外行動に就て(現代語訳)

  • 1 児童団
  • 2 家庭の教育
  • 家庭の教育

     

    すべて小児の言うところは順序も立たねば情理も通らず、加えて輩の枠などは物事に疎くて何が何やらわからぬことが多く、世話に親馬鹿チャンリンなどと申して決して一概に枠の言うところを取り上て一喜一憂する吾輩でない。

    ないことはないが右様の小学児童団の弊は吾輩自らしばしば目撃するところで、例を挙げると、団長と道で逢って礼をしなかったといってこれを責めたり、甚だしいのは湯屋で団長が出るまで他の児童の帰宅を許さず、足袋をはかせといって足をさし付たり、自分の帽を殊に高い所へ置いてこれを取らせたり、取りも直さず不良少年団と一般の非行ある者を見たことがある。

    また見様見真似で団長でない児童も自分の器量次第諸他の児童の頭を押さえてその頭領となり、今日はどこへ遊びに行くべし、明日は何家へ集るべしと遊ぶことのみ相談し、晴天とさえあれば欠かさず学校が済むと大声で呼び集めに来て、行かなければ何かで返報を加えられる。

    学校の教育はまことに必要であるが、それよりも家庭の教育が大必要であることは知れたことで、だからこそ吾輩のような遊び好きも子を持ってから何となく品行を慎しみ外出も大いに減じ、学校より帰った後は自宅で教えもすれば自分が立ち雑って相応の遊戯もさせている。このことを先年徳川頼倫侯も大いに感ぜられたのはその場にいた毛利氏も知る。

    それなのに家庭の教育などいうことを存じも寄らず、いわば子供が自宅にいては邪魔になるのでどこへなり出ていけ、日が暮れるまで帰ってくるなど言うような、大切な我が子を畜生扱いに推し出す風の家の子供などに万に一つ満足な者はないはずだ。

    その不満足千万な児童の悪趣味を助成するために、吾輩が大事な子供に父母相応の家庭の仕付けをする時間を削いで、何をなし何を習うとも知れぬ場所へ出しやらなければ、我が大事の子供がどこの誰の子やらわからぬ者にいじめられ、ついには宅では十分行き届いて飲食栄養させているのに関わらず学校より帰るごとに鬱憂恐懼してかの平重盛の如く親の命のままに家にいて自修し、用事を済ませようとすれば学校でいじめられ、さりとて心ならずも遊びに出れば帰って父母に手酷く叱られると心配して病気をしだしそうなるのはわずか9歳や10歳の人間にとっての大厄難という外ない。

    吾輩は自分の幼時、父母の教えに背きしばしば児童に悪戯して種々よろしくないことを覚え、また一生悔いて及びもつかない過失を行い、それが瑕となって終身人に頭を上け得ざることが多いのに省み、なにとぞ自分の倅だけはこの過ちを再びさせまいと祈る者で、思うに田辺中の真直な親達はみな御同感であろう。

    よって予はそれらの人々を代表して当田辺小学では県庁その他より何と言ってこようとも右様の学童団長に異様の威力を与えることを止められたきことにて、県庁その他が何と言おうとも関わらず、その要がある日には予が一書を文部大臣に出すなり何となりして学校当局者に迷惑のかからないようにすべく、また今後このようなことを強行して拙家の小児に迫害を加える者があらばそれこそ暴を以て暴に代わるもまた止むを得ざるところなので、その団長を半ン死になるほど打ちのめすからこのことを予告しておく。

    ついでに念を入れておくが、事あった後に調査とか何とかいうのが政府時下只今の時の甚しいものである。 本文に述べた如き悪習は多くの人が等しく感ずるところながら由来教育の大義を誤まり、小児教育などと子供の事は言うに足らずと言って放棄するのを装うのを大人らしいことだとし、我が子のことに関してかれこれ焦慮するのを親の愚痴と嘲笑するのが常である。したがって児童を一々訊問したりその父母を召喚したりしたところでなかなか実を吐かないことが多いであろう。

    ゆえに過去問わず微細の事実は調べるを要せず、予一人の口よりさえこのような報告が出たのは必ずそれだけの種子のあることと、校長や教員は今更ながらもこのことに気を付け以後のところを十分取り締められたきことである。さもなければ数年を経ずして小学児童が同僚を刺し殺し突き殺すようなことが頻繁に行われるようになるだろう。

    只今当町小学校の教員に当地方の人が少なく、いつこの地を去るか知れない者が多いので、何でもよいといえば何でもよいものの、田辺小学児童もまたみな人の子である。郡視学を始め小学教員にして子を当小学に就学させている人々は、各々その子がこのような目に会うのを喜ばないだろう。予は永々病気で眼がよくなく、文意の徹せぬ所も多々あろうが、それは何分にも察読を祈るところである。

    (『牟婁新報』大正5年9月21日・22日付)

    back


    「田辺小学児童の校外行動に就て」は、田辺市史編さん委員会『田辺市史 第九巻 資料編Ⅵ』に所収。

    Copyright © Mikumano Net. All Rights Reserved.