猪に関する民俗と伝説(その10)

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     何故トルーフルがかく尊ばるるかというに、相も変らず古今を通じて浮世は色と酒で、この品殊に精力を増すから、ふるく嬌女神アフロジテの好物と崇められ諸国王者の珍羞たり。化学分析をやって見るに著しく燐を含めりとか。壮陽の説も丸啌まるうそでないらしい。

    したがって尾閭禁ぜず滄海そうかいきた齶蠅がくよう連は更なり、いまだ二葉の若衆より※(「囗<睛のつくり」、第3水準1-15-33)かわやに杖つくじいさんまでも、名を一戦の門に留めんと志すやから、皆争うてこれを求めたので、トルーフルを崇重する余りこれを神の子と称えた碩学せきがくすらある。これその強補の神効を讃えたに出づるはもちろんなれど、また一つはこの物土中に生ずるを不思議がる余り雷の産む所としたにもよる。

    支那でも地下にある多孔菌一種の未熟品を霹靂へきれき物を撃って精気の化する所と信じ雷丸雷矢すなわち雷の糞と名づけ、小児の百病を除き熱をさます名薬とした。ただし久しく服すれば人を陰痿いんいせしむとあるからトルーフルの正反対で、現今の様子ではこっちを奨励せにゃならぬかも知れぬ。(一八九二年パリ版、シャタン著『ラ・トルフ』。エングレルおよびプラントンの『植物自然分科』一輯一巻二八六—七頁。『大英百科全書』十一版二七巻三二二頁。『本草綱目』三七。ブラントームの『レー・ダム・ガラント』一には、トルーフル女人にもよく廻るとある。)

     さてトルーフルを採る法をシャタンの書に種々述べたが、就中なかんずく最も有効なは豕で、犬これに次ぎ、稀には人間の子供が犬豕よりもトルーフルの所在を嗅ぎ付けるのがあるそうだ。豕はよく四、五十メートルを隔ててもこれを嗅ぎ知り、直ちに走って鼻で掘り出す。中にはトルーフルをくわえて主人の手に授くるのもあるというがどうも法螺ほららしいと。

    豕はトルーフルを掘り出しおわると直ちに主人に向って賃を求める。その都度つど樫の実などを少々賞与せぬと、労働は神聖なりと知らぬかちゅう顔してたちまちそのトルーフルを食いおわり、甚だしきは怠業してまた働かぬそうだ。豕も随分ずるいもので、相当に樫の実を貰いまた樫の棒でどやされるにかかわらず、ややもすればすきを伺うてトルーフルをちょろまかす。

    二歳頃より就業して二十また二十五歳まで続くものあり。その技能もとより巧拙あって、よい豕は二時間にトルーフル三十五キログラムを掘り出したという。日本の九貫三百三十五匁余で、拙妻など顔は豕に化けてもよいから、せめてそれだけの炭団たどんでも掘り出してくれたら、冬中大分助かるはずだとしみったれた言で結び置く。

     かように豕の性質について善い点を探れば種々多かるべきも、豕が多食・好婬・懶惰らんだきたない事を平気というは世に定論あり。『西遊記』の猪八戒ちょはっかいは最もよくこれを表わしたものだ。猪八戒前生天蓬元帥たり。王母瑶池ようちの会、酔いに任せて嫦娥じょうがに戯れし罰に下界へ追われ、あやまって猪の腹より生まれたという。

    猪を邦訳の絵本にイノシシとませ居るが、それでは烏斯蔵トカラ国の高太公の女婿となって三十人前の食物を平らげたり、三年間妻を密室に閉じ籠めて行ない続けたり、渡天の途中しばしば女事で失敗したり、殊にはこの書の末段に、仏勅して汝懶惰にして色情いまだほろびざれども浄壇使者とすべし、汝もと食腸寛大にして大食を求む。諸農の仏事供養の時汝壇をきよめるの職にあれば供養の品々を受用してからずやとのたもうなどその事もっぱら家猪に係り、猪八戒は豕で野猪でないと証明する。

     仏教の生死輪の図は、無常の大鬼輪を抱き輪の真中の円の内に仏あり。その前に三動物を画き、鴿はとは多貪染、蛇は多嗔恚しんに、豕は多愚痴を表わす。この中心の円より外の輪に五、六の半径線を引いてその間に天・人・餓鬼・畜生・地獄の五趣、チベットでは、非天を加えて六趣を画く(『仏教大辞彙』一巻一三三八頁に対する図版参照。

    一八八二年ベルリン版、バスチアンの『仏教心理学』三六五頁および附図版)。これより転出したようなは、ブリタニーの天主教寺の縁日に壁に掛けて僧が杖もて絵解えときする画幅で、罪業深き人の心臓の真中にある大鬼を七動物が囲繞いにょうていだ。その蛙は貪慾、蛇は嫉妬、山羊は不貞、獅は瞋恚、孔雀は虚傲、亀は懶惰、豕は大食を表わす(『ノーツ・エンド・キーリス』九輯六巻一三六頁)。かく豕を表わすところ、仏教の愚痴、耶蘇教に大食と異なれどふたつながらろくな事でない。

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    「猪に関する民俗と伝説」は『十二支考〈下〉』 (岩波文庫)に所収

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