馬に関する民俗と伝説(その50)

馬に関する民俗と伝説インデックス

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  • (付)白馬節会について

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     ブラウンの『俗説弁惑プセウドドキシア・エピデミカ』三巻二十五章にいわく、プリニウスとガレヌスは痛く馬肉をけなしまた馬血を大毒と言ったが、韃靼人他に勝れて馬肉を食い、馬血をも飲むでないか、それは北方寒地の人体にのみ無害故しかりと言わんか。

    ヘロドトスが言った通り、ペルシアは暖国だがその人誕生祝いに馬肉を饗し、またまるで馬、驢、駱駝を用いて、ギリシア人が、かほどの美饌を知らぬをあわれんだから、どの国で馬肉を食ったって構わぬはずだと。

    メンツェルの『独逸史ゲシヒテ・デル・ドイチェン』巻の一にゲルマンの僧は、馬をいけにえにしその肉を食ったから、馬肉わぬ者をキリスト教、これを食うはキ教外の者と識別した、古スウェーデンでもキリスト教を奉ずる王に強いて馬肉を食わせ、その脱教のしるしとしたという。

    四十七、八年前パリ籠城ろうじょうの輩多く馬をほふったが、白馬の味いたく劣る故殺さず、それより久しい間パリに白馬が多かった(『随筆問答雑誌ノーツ・エンド・キーリス』十一輯七巻百九頁)。マルコ・ポロ曰く、元世祖純白の馬一万匹あり、その牝の乳を帝室皇族のみ飲む、ただしその祖父成吉思ジンギスを助けて偉勲あったホリヤド部人は皇族にあらざるも特許飲用したと。

    一四〇三—六年の間にサマルカンドのチムール朝廷に使いしたスペイン人クラヴィホの記に、チムール諸国使節を大饗するに馬のやきものの脚を去り、腰といさらいを最上饌とし切って十の金銀器に盛るとありて、その食いようを詳述す。『周礼』に馬を六畜のはじめとしたのもこの通り貴んだのだろう。

     古ローマ人は驢乳を化粧に用いて膚を白くすと確信し、ポッペアネロ帝の后にして権謀に富み、淫虐甚だしきも当時無双の美人たり。何かのはずみに帝赫怒かくどして蹴り所が悪くて暴崩した。帝これを神と崇めまつらせ、古今未曾有の大香薪を積んで火葬せしめ、なお慕うてやまず、美少年スポルス死后に酷似せるを見出し、これを宮し婦装女行せしめ、公式もて后と冊立さくりつせし事既に述べた)は、奢侈しゃしの余り多くの騾に金くつ穿かせ、また化粧に腐心して新たに駒産める牝驢ひんろ五百をい、毎日その乳に浴し、少し日たったものを新乳のものと取り替うる事絶えず。ローマの婦女ことごとくその真似もならず、香具師の工夫で驢乳を脂で固めて鬢附油びんつけあぶらごとき板とし売った。

    タヴェルニエー説に、東欧のノガイ人は馬肉や馬脂を熱して金創にけ、神効ありというと。ローマ帝国の盛時興奮剤として最も尊ばれたヒッポマネス(馬狂うの義)は、考古学者も科学者も鋭意して研究すれど今にその詳を知り得ぬ。去年英国の碩学から東洋にもかかる物ありやと問われ、種々調べたが手懸りだに見出さぬ。

    古書に載ったヒッポマネスに二様あり。一は牝馬ひんば春を思う際身分より出づる粘液を採り、呪をしながら諸霊草と和し薬となすものだ。ヴィルギリウスの『詠農ゲオルギカ』巻の三に、春色駘蕩たいとうたる日牝馬慾火に身を焼かれ、高い岩に飛び上がり西に向って軟風を吸う、奇なるかなかくして馬が風のために孕まさるる事しばしばあり、爾時そのとき牝馬狂い出し、巌高く速く谷深きを物ともせず飛び越え跳び越え駈け廻る、この時ヒッポマネス馬身より流れ出づという。

    パウサニアスの『希臘廻覧記ヘラドス・ペリエジシス』五巻二七章に曰く、オリンピア廟へフォルミス・メナリウスが献納した、二つの鍮金しんちゅう製の牝馬像のその一に術士が魔力を附けた。因って春日に限らず何日何時どんな牡馬でもこの像を見さえすればたちまち発狂し、※(「革+橿のつくり」、第3水準1-93-81)たづなを切り主に離れこの像に飛び懸りてやまず、あたかもかねてった美麗の牝馬に再会したようで、烈しくむちうつなどの非常手段を施さねば引き分くる事ならずと。

    今一つのヒッポマネスは往々新産の駒の額に生えいるこぶで、色なく無花果いちじくの大きさで毒あり。駒生まれてこの瘤あらば母馬直ちにいおわる。しからぬうちは決して乳ふくめず。村人方便てだてして母馬が啖わぬうち、切り取って方士に売る。母馬これを嗅げば発狂するという。これ駒の瘤の臭いを聞いて発狂するまで母馬が慕うてふからその瘤を持つ人も他に慕わるという迷信より媚薬として珍重したらしい。キュヴィエー曰く、これは牝馬の胎水中時に見る頑石塊で、諸獣の母が産して娩随あとざんを食うと同様の本能から母馬がこれを食いおわるのだろうと。右二様のうち液の方より瘤のやつが強く利くという。

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    「馬に関する民俗と伝説」は『十二支考〈上〉』 (岩波文庫)に所収

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