馬に関する民俗と伝説(その17)


馬に関する民俗と伝説インデックス

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         名称

     馬、梵名アス、ヌアスワ、またヒヤ、ペルシア名アスプ、スウェーデンでハスト、露国でロシャド、ポーランドでコン、トルコでスック、ヘブリウでスス、アラブでヒサーン、スペインでカバヨ、イタリアとポルトガルでカヴァヨ、ビルマでソン、インドでゴラ(ヒンズ語)、グラム(テルグ語)、クドリ(タミル語)、オランダでパールト、ウェールスでセフル、かく種々の名は定めて種々の訳で付けられ、中には馬の鳴き声、足音をまねて名としたのもあるべきがちょっと分らぬ。

    支那で馬と書くは象形字と知れ切って居るが、その音は嘶声をまねたものと解くほかなかろう。『下学集』に胡馬うまの二字でウマなるを、日本で馬一字を胡馬うまというは無理に似たり、〈馬多く北胡にづ、故に胡馬というなり〉と説いたが、物茂卿が、めいをウメをウマというは皆音なりというた方が至当で、ウは発音の便宜上加えられたんだろ。

     故マクス・ミュラー説に、鸚鵡おうむすら見るに随って雄鶏また雌鶏の声を擬し、自ら見るところの何物たるを人にしらす。それと等しく蛮民は妙に動物の鳴音をまねる故、馬の嘶声を擬れば馬を名ざすに事足りたはずだが、それはほんの物真似で言語というに足らぬ。われわれアリヤ種の言語はそんな下等なものでなく、馬を名ざすにもその声をまねず。

    アリヤ種の祖先が馬を名ざすに、そのもっとも著しい性質としてその足の疾き事を採用した。梵語アース(迅速)、ギリシア語のアコケー(尖頂けんさき)、ラテンのアクス(はり)、アケル(迅速また鋭利また明察)、英語アキュート(鋭利)等からせんじ詰めて、これら諸語種の根源だったアリヤ語に鋭利また迅速を意味するアスてふことばあったと知る。

    そのアスがアスヴァ(走るものの義)、すなわち馬の梵名、リチュアニア語のアスズウア(牝馬)、ラテンのエクヴス、ギリシアのヒッコス、古サクソンのエツ(いずれも馬)等を生じたとある(一八八二年版『言語学講義サイエンス・オブ・ランゲージ』巻二)。ミュラーは独人で英国に帰化し、英人のすぐれた分子は皆独人と血を分けた者に限り、英独人が世界でいっちえらいように説き、またしきりに古インドの文明を称揚して、インド人を英国に懐柔して大功あった。

    そのインド人が昨今ややもすれば英国を嫌い、英国の学者までもドイツ人を匈奴きょうどすえののしり、その身に特異の悪臭あり全く英人と別種なるよう触れ散らすを見ては、学説の転変猫の眼もあきれるべく、アリア種の馬の名が、一番高尚とかいう説も、礼物の高い御札で、手軽く受けられぬ。

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    「馬に関する民俗と伝説」は『十二支考〈上〉』 (岩波文庫)に所収




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