馬に関する民俗と伝説(その34)


馬に関する民俗と伝説インデックス

  • 伝説一
  • 伝説二
  • 名称
  • 種類
  • 性質
  • 心理
  • 民俗(1)
  • 民俗(2)
  • 民俗(3)
  • (付)白馬節会について

  • (心理1)



         心理

     性質の項に書いた秦王が燕の太子丹に烏の頭が白くなり馬に角が生えたら帰国を許そうと言う話に似たのが西暦紀元前三世紀頃ユダヤ人ベン・シラがあつめたちゅう動物譚中にづ、いわく上帝万物を創造し終ると驢が馬と騾に向い、他の動物皆休み時あるに、われらのみこれなく不断働かにゃならぬとは不公平極まる、因って多少の休み時を賜えといのろうと言って祷ったが上帝許さず。

    汝の尿が水力機を動かすほどの川となり汝の糞が馥郁ふくいくと芳香を発する時節が来たら汝始めて休み得べしと言った。爾来驢つねに他の驢の尿した上へ自分の尿を垂れ加え糞するごとに必ずこれをぐと。

    かつて一八〇四年ミナルノ版『伊太利古文学全集クラスシチ・イタリヤ』に収めある十五、六世紀の物に、人が大便したら必ずそれを顧み視るは何故ぞてふ論あるを読んだが書名も委細も記憶せぬ。古今東西人つねにかかる癖ありや否やを知らねど、牛が道中で他の牛の小便に逢わば必ず嗅いで後鼻息吹き、猫犬が自分の糞尿を尋ねて垂れ加え、また諺に紀州人のつれ小便などもいわば天禀てんぴん人にも獣畜類似の癖あるのが本当か。

    いて想い出すはベロアル・ド・ヴェルヴィルの『上達方ル・モヤン・ド・パーヴニル』三十九章にアルサスのある地の婦女威儀を重んずる余り七日に一度しか小便せず、火曜日の朝ごとに各の身分に応じ隊伍を編み泉水におもむき各その定めの場について夥しく快げにかつしずかにその膀胱ぼうこうくる。その尿あつまって末ついに川をなし流れ絶えず、英独フランドル諸国人その水を汲み去り最優等の麦酒ビールを作るを、妻どもこれは小便を飲む理屈だとて嫌うとある。

    随分思い切った法螺ほら話のようだが、わが邦でも昔摂津で美酒出来る処の川上に賤民牛馬皮をさらすを忌んで停止せしむると翌年より酒が悪くなったといい、紀州有田川の源流へ高野こうやの坊主輩が便利する、由ってこの川の年魚あゆが特に肥え美味だなど伝うると等しく多少拠る所があったものか。

     ついでに伝説へ書き遺した二、三項を述べよう。馬で海を渡した例は源頼信よりのぶ佐々木盛綱もりつな明智光春(これは湖水)など日本で高名だが支那にもあるかしらん。欧州では古英国のサー・ベヴィス・オヴ・ハムプタウンがダマスクスの土牢を破り逃ぐる時追い懸くるサラセン軍の猛将グラウンデールを殺し、その乗馬トランシュフィスを奪い、騎って海を渡り一の城に至り食を求むると城将与えず、大立廻りをするうちくだんの名馬城将に殺されベヴィスまた城将を殺し、その妻が持ち出す膳をその妻に毒味せしめて後鱈腹たらふくうて去ったという。

    十二世紀にスペインのユダヤ人アルフォンススが書いた『教訓編』に騾が驢を父とするを恥じ隠し外祖父ははかたのちちが壮馬たるに誇ると載す。昨今日本に多い不義にして富みかつ貴き輩の子が父の事を語るをずるのあまり、その母は大名の落胤公家の※(「薛/子」、第3水準1-47-55)よげつだったなど系図に誇るも似た事だ。しかしそんな者の母は多くは泥水かせぎを経た女故、騾の母たる牝馬が絶えて売笑した事なきに雲泥劣る。

    十三世紀の末イタリアで出た『百昔話ツェント・ノヴェレ・アンチケ』九一に騾が狼に自分の名は後足の蹄に書かれいるというと、狼それを読まんとする際その額を強く※(「足へん+易」、第4水準2-89-38)ってこれを殺し、傍観しいた狐がこの通り人も字を知らば賢くないと言うとある。〈人生字を識るこれ憂苦の初め〉だ。

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    「馬に関する民俗と伝説」は『十二支考〈上〉』 (岩波文庫)に所収




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