馬に関する民俗と伝説(その33)

馬に関する民俗と伝説インデックス

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  • 性質
  • 心理
  • 民俗(1)
  • 民俗(2)
  • 民俗(3)
  • (付)白馬節会について

  • (性質8)


     プリニウスいわく、ルシタニア(ポルトガル)のオリシポ城(今のリスボン)近所の牝馬、西風吹く時西に向えば孕み、生むところの駒は、極めてく走れど三歳以上活きず。その隣邦ガリシアとアスツア(今スペインの内)には、チェルドネなる馬種あり、他の諸馬に異なりて、同じ側の二脚を揃えて動かし、やすやすと歩む。世に四をむてふ馬の歩きぶりは、これに倣うて教え込んだのだと。

    熊楠いわく、駱駝、駝羊ラマ豹駝ジラフ、獅子は、同じ側の二脚を同時に進めるが、その他の諸獣いずれも前後左右の脚、交互前後して行く。人も走りまた歩む時手を振るに、右手と左足と遠ざかる時、左手と右足と近づき、右手左足近づく時、左手と右足と遠ざかる。馬またこの通りなるに、生まれ付いて駱駝流にあるく馬があったとは眉唾物まゆつばものだろう。しかし教えさえすればさように歩かしむるを得。

    シリア人は、ラファン体に歩く馬を賞美し、右の前足と右の後足と、しかして左の前足と左の後足をあいつないで、稽古せしむ。もっともその技に長ぜる馬は、いかほど姿醜く素情悪くともすこぶる高値に売れる。人を騎せてこの風の足蹈みで疾走するに、その手に持てる盃中の水こぼれず。ダマスクスを出でて八、九時間でベイルートにく。この距離七十二マイル、その間数千フィートの峻坂を二度上下せにゃならぬとは、驚き入るのほかなし。

     『甲陽軍鑑』一六に、馬に薬を与うるに、上戸じょうごの馬には酒、下戸げこの馬には水で飼うべし、馬の上戸は旋毛つむじ下り、下戸は旋毛上るとあり。馬すら酒好きながある。人を以てこれにかざるべけんやだ。プリニウスいわく、騾が人を※(「足へん+易」、第4水準2-89-38)るを止めんとならばしばしば酒を飲ませよと。

    誠に妙法で、騾よりも吾輩われらにもっともよく利く。かつてアイルランド人に聞いたは、かの国で最も強く臭う烟草タバコけむりを、驢の鼻へ吹き込むと、眼を細うし気が遠くなった顔付して、静まりおり、極めて好物らしいと。バスク人の俗信に、驢をち倒しその耳に口を接して大いに叫び、その声終らぬうち大きな石でその耳をふさぐと、驢深く催眠術に掛かったごとく一時ばかり熟睡して動かずと。

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    「馬に関する民俗と伝説」は『十二支考〈上〉』 (岩波文庫)に所収

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