馬に関する民俗と伝説(その22)

馬に関する民俗と伝説インデックス

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  • (付)白馬節会について

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         種類

     前項の一部の補正をする。その末段に藤原広嗣の駿馬が無名だったよう記した。しかるにその後、『異制庭訓往来』和漢の名馬をつらねた中に、本朝厩戸王子うまやどのおうじ甲斐黒駒、太宰大弐だざいのだいに弘継ひろつぐ土竜とあるを見出した。これが本拠ある事なら、広嗣の土竜がまず本朝で産地や毛色に由らぬ馬の名の最も早く見えたものであろう。

    それからまた、紀州に鉄砂あるを、従来記したものないよう書いたが、それは和歌山県の分だけでの事で、『紀伊続風土記』九三に、砂鉄牟婁むろ郡(三重県)尾鷲おわせ郷に産す盆石に添えて観美なりと出づ。

     動物の分類は何たる定説なく、学者各※(二の字点、1-2-22)その見を異にする故、どれが一番正しいという事がならぬ。がしばらく八年前出た『大英百科全書』に採用せるところに拠ると、哺乳動物、これは支那でいわゆる獣に人類を加えたものに当る。それに三群を分つ。第一単孔群は濠州辺にのみ産し、第二有嚢群は濠州とその近島と西大陸にのみ産す。第三有胎盤群に、食虫(※(「鼬」の「由」に代えて「晏」、第3水準1-94-84)もぐら等)、手翅(蝙蝠こうもり)、皮翅(インド諸島の飛狐猴コルゴ属)、貧歯(※(「魚+凌のつくり」、第4水準2-93-53)りょうり等)、齧歯げっし(兎鼠)、チロドンチア(現存せず)、啖肉たんにく(猫犬等)、鯨鯢げいげい、シレニア(琉球のザンノイオ等)、有蹄ゆうてい、それからプリマテス(第一の義でさると人)、以上十一類あり。

    その第十なる有蹄獣に重ねて、挺鼻(象等)、ヒラコイデア(岩兎ヒラクスの属)、バリポダ、トクソドンチア、アムブリポダ、リトプテルナ、アンキロポダ、コンジラルトラ(いずれも絶滅す)、奇趾きし、双趾の十類を分つ。

    このうち双趾類というは、足のゆびが双足の中線の両方に相対してならびあるので、豹駝ジラフ、鹿、牛、羊、駱駝、豚、河馬かば等これに属す。奇趾類とはその足趾の内、人間の中指に相応するやつが左右整等で、その他のどの趾よりも大きいので、ここにチタノテレス(全滅)、馬類、ばく類、さい類の四部あり。

    馬類は過去世に多くの属類ありて、東西半球に棲んだが、馬の一属を除き、ことごとく死に絶えおわった。第二図[#図省略]ヒラコテリウムは、欧州と北米に、遺骨の化石を留むる下エオシーン期の馬で、前足に四、後足に三の趾ある事、大いに現存馬属諸種の足の端に、趾一つのみあるとちがう。この物は、狐より大きくなかったらしく、諸有蹄獣の元祖と見做みなさるる、フェナコズスを去る事遠からずというから、まずは馬類中のもっとも原始的なものであろう。

     現存する馬と同属ながら、過去世に栄えた現世化石となりおわったもの数あり。プレイストシーン期に、北米に棲んだ馬数種ありて南米まで拡がった。その遺骨が、今日アルゼンチナ等の曠野こうやを駈け廻る野馬によく似居るので、この野馬は南米固有のものと説く人もあるが、実は西大陸にあった馬属は過去世全滅し、今ある所は、欧州人が新世界発見後持ち渡った馬がのがれて野生となった後胤だ。

    インドに化石を出すエクウス・シワレンシスが、アラビヤ馬の元祖で、欧州に化石を出すエクウス・ステノニスが、北欧およびアジアの小馬の遠祖だろうという。ただし、普通の馬と別ちがたい遺骨が、欧州とアジアのプレイストシーン層より出るを見れば、現存種の馬が始めて世に出たは、よほど古い事と見える。

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    「馬に関する民俗と伝説」は『十二支考〈上〉』 (岩波文庫)に所収




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