馬に関する民俗と伝説(その49)

馬に関する民俗と伝説インデックス

  • 伝説一
  • 伝説二
  • 名称
  • 種類
  • 性質
  • 心理
  • 民俗(1)
  • 民俗(2)
  • 民俗(3)
  • (付)白馬節会について

  • 民俗(2)2)



     漢の鄒陽の上書中に、燕人蘇秦が他邦から入りて燕にしょうたるをにくみ讒せしも燕王聞き入れず、更に秦を重んじ※(「馬+夬」、第4水準2-92-81)※(「馬+是」、第4水準2-92-94)けっていを食わせたとある。これは既に言った通り、牡馬が牝驢に生ませた間子あいのこで、日本ではちょっと見られぬものだが、支那の古え特遇の大臣に賜わるほど故その肉はすぐれてうまいらしい。

    ローマでは紀元前一世紀、文学奨励で著名だったマエケナスが驢児を饌用せんようし初めた。当時驢の肉大流行だったが、後には衰え、オナッガや今もアフリカに出づる野驢(家驢の原種)を食用した。プリニウスいわく、驢が他の驢の死ぬところを見るとほどなく自分も死すと。

    支那では明朝の宮中元日に驢の頭肉を食うを嚼鬼しゃっきと呼んだ、俗に驢を鬼と呼んだからだ(インドでも驢を鬼物とし、故人驢車に乗るを夢みるは、その人地獄へ行ったしるしという)。
    〈内臣また好んで牛驢不典の物を吃う、挽口というはすなわち牝具なり、挽手というはすなわち牡具なり、また羊白腰とはすなわち外腎肉なり、白牡馬の卵に至りてもっとも珍奇と為し、竜卵という〉(劉若愚の『四朝宮史酌中志』巻二十)。

    ロンドンで浜口担氏と料理屋に食した時、給仕人持ち来た献立書を見て、分らぬなりに予が甘麪麭スイートブレットとある物を注文し、いよいよ持ち来た皿を見ると、麪麭パンらしく見えず、蒲鉾かまぼこ様に円く豆腐ごとく白浄な柔らかなもの故、これは麪麭でないと叱ると、いかにも麪麭でないが貴命通り甘麪麭スイートブレットだと言い張り、二、三度言い争う。

    亭主かねて予の気短きを知れば、給仕人が聞き違うた体に言いし、皿を引きて去らんとするを気の毒がり、浜口氏が自分引き取りて食べ試みると奇妙にうまいとて、予に半分くれた。予食べて見るに味わい絶佳だから、間違いはその方の不調法ながら旨い物を食わせた段感賞すと減らず口いて逃げて来た。

    翌日近処で心安かったから亭主に会って、あれは全体何でこしらえたものかと問うと、牝牛の陰部だと答えた。しかるに字書どもには甘麪麭は牝牛のすい等の諸腺と出づれど、陰部と見えず。ところが帰朝のみぎり同乗した金田和三郎氏(海軍技師)も陰部と聞いたと話されたから、あるいは俗語郷語に陰部をもかく呼ぶのかと思えど、この田舎ではとても分らず、牛驢の陰具を明の宮中で賞翫しょうがんした話ついでに録して、西洋通諸君の高教をつ。

    『周礼』に庖人ほうじん六畜を掌り、馬その第一に位し、それから牛羊豕犬鶏てふ順次で、そのいわゆる五穀は麻を[#「麻を」は底本では「麻をを」]はじめとし、もちきびうるきびそれから麦と豆で、これに※(「禾+朮」、第3水準1-89-42)もちあわと稲と小麦小豆を加えて九穀という。

    今日の支那では馬肉や麻子おのみをさほど珍重せぬ。秦の穆公の馬を野人取り食いしも公怒らず、駿馬肉を食って酒を飲まずば体を敗ると聞くとて一同に飲ませやった。翌年韓原の戦に負け掛かった時、去年馬を食い酒をもろうた者三百余人来援し大いにちて晋の恵公をとりこにした。

    また晋の趙簡子両白騾ありて甚だ愛せしに、ある人重患で白騾の肝を食わずば死ぬと医が言うと聞き、その騾の肝を取ってやった。のち趙が※(「櫂のつくり」、第3水準1-90-32)てきを攻めた時、かの者の一党皆先登して勝軍かちいくさした。逸詩に、君子に君たればすなわち〈正しく以てその徳を行う、賤人君たらば、すなわち寛にして以てその力を尽す〉という事じゃと、『呂覧』愛士篇にづ。

    本邦では普通に馬牛を食うを古来忌んだようだが、『古語拾遺』に白猪、白馬、白鶏を御歳みとせすなわち収穫の神にたてまつってその怒りを解く事あり。貴州の紅崖山の深洞中より時に銅鼓の声聞ゆ、諸葛亮ここに兵をとどめたといい、夷人祭祀ごとに烏牛くろうし、白馬を用うればとしみのる(『大清一統志』三三一)てふ支那説に近い。

    あるいは上世日本でも地方と部族により、馬肉を食いもし神にも献じたものか。琉球では維新前も牛馬猫の肉を魚店うおたなで売り、婦女殊に馬肉を好み焼き食うたが、本土の人これを見れば大いに慙じたと(『中陵漫録』八)。蒙古人古来馬肉を食い、殊にその腐肉をこのみ、また馬乳で酒を作った事は支那人のほかにルブルキスやマルコ・ポロやプルシャワルスキ等の紀行にくわし。

    back next


    「馬に関する民俗と伝説」は『十二支考〈上〉』 (岩波文庫)に所収

    Copyright © Mikumano Net. All Rights Reserved.