1908年11月19日
◇11月19日[木] 朝曇、午後晴
朝、菌類を描き終え、10時と思う頃に宿を出(マンネンタケを5銭で買う)、木馬道(※きんまみち:牛馬や人力による木材搬出路)を上る。1時に玉置権現に参詣する。馬吉は忌が明けていないといって入らず、予は社後に立って眺望したが高山が幾重にも重なり際限がない。(社に行き着くまでの間、紅紫色の花のコトジソウが多い。)
それより山を下る。粘菌の新しいものを2、3とる。中学生らしき者が2人来るのに会う。この道は切畑まで3里ときいたがなかなか長く、また道が追い追い下るに従って悪くなり、水の一滴もない(後で聞くと1ヶ所あるとのこと)。 篠尾(ささび)へ下りると思われる道があったが、予は切畑を目指していたので一途にその方と思う方へゆく。
ついに山が大いに嶺して進み難き所に行き、引きかえし闇中を歩いたが、下り坂が急で何ともわからぬ所に到り、やむをえず松の下に野宿する。予はふろしき包みを1つ落としたが、星の光にすかし、どうにかこうにか見つけた。馬吉は木をきり、火を焚くが、なかなか付かず、茅を束ねてあるのを見ていたので、それをとって来て焚いたが、暁まで30束焚いた。寒気が甚だしく、予は脚がひどく痛み、2人とも睡らず、明星が出るのを待ちかねる。やっと夜が明けて見ると荷物は霜に包まれている。
メモ
アキギリ Alpsdake - 投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 4.0, リンクによる
紅紫色の花のコトジソウ(琴柱草)はシソ科アキギリ属に分類される多年草、アキギリ(秋桐)のことだと思われます
コトジソウは『南方熊楠日記 (3)』八坂書房にはフトヂソウとあります。
フトヂソウやフトジソウで検索したところ1件のヒットもなく、そのことをTwitterにつぶやいたところ、読んでくださった方から「フトヂソウはコトヂソウでは」とのメールをいただきました!
フとコは形が似ているので、きっとそうです。熊楠の自筆を読み間違えたか、あるいは誤植かで、コトヂソウがフトヂソウで活字化されたのだと思われます。
コトジソウは、標準和名キバナアキギリ(黄花秋桐)。熊楠が見たのは黄色の花ではなくて紅紫色の花なので、キバナアキギリではなく、近縁種の、紅紫色の花を咲かせるアキギリだと思われます。キバナアキギリが本州、四国、九州に広く分布するのに対して、アキギリは本州の中部地方から近畿地方にかけて分布します。
この日の野宿については「油木について、並びにトネリコについて」のなかで触れられています。
1908年の日記は『南方熊楠日記 (3)』八坂書房に所収