1904年7月7日:南方熊楠日記(口語訳)

1904年7月7日

◇七月七日 晴、夕方より雨     小暑

朝、近隣の田に採集に行き、イヌゴマ(※シソ科の多年草※)を採る。Zygnema(※ホシミドロ属※)の子あるもの2種を採り、プレパラートを作る。

午後、秀吉が、小畔氏からの手紙2通と常楠からの手紙1通を持って来る。ともに入海(※おそらく湯川にある汽水湖「ゆかし潟」のこと※)を一回りする。叢林の中で南天を見つけ、また鈴木喜平治後家の所有地でハマナツメ、ハマギクを多く見る。ハマナツメに生える樹状地衣(※地衣類で形が樹木に似るもの。地衣類は菌類と藻類の共生体※)を採る。

宿の本家の女子が天満より二人して予のためにナツミカン10個を担って来た。10銭やる。

勝浦小一の母が死亡し、村人は葬式に行く。

夜、松本市蔵氏が来訪し、那智及び当地などで採集した植物標品を示され、若干種をくれる。予もボウラン、ミヅナガシワ、ツチアケビ(別名ヤマノカミノシャクジョウ)などを贈る。松本市蔵氏は11時に帰る。


メモ

小暑(しょうしょ)は、二十四節気の第11。
Zygnemaの子あるものとは、接合胞子が形成されたもの。

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1904年の日記は『南方熊楠日記〈2〉』に所収

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