1900年10月1日
◇十月一日 [月]
朝、シンガポールに着く。宮永、金田2氏が上陸(朝日艦員と大飲、泊まって翌朝帰る)。予は金田氏に托してディキンズ、栗原及びノーツ・アンド・クィアリーズのエヂトルへ手紙をそれぞれ1通ずつ出す。
にわか雨が来て、荷の積替えのためにデッキに出して置いた予の荷物に雨の湿りが少し入る。早速開いてしばらく乾かす。
夕飯後、岡崎、岡村、大高、橋爪4氏と上陸、歩いて郵便局に行く。閉まっていた。馬車に乗り(大高氏は車前のヂキーに)、市中を観覧、支那街から日本娼妓街に行く。ここまで大高氏は人力車に乗る。それから帰途、日進館(堀善七)方で宴(香の物、鳳梨、カツオの刺身、するめ、キュウリ揉みに鰹節等)、麦酒を飲む。下車の際、人力車夫と馬車夫とが喧嘩、またまた来たり人力車夫をけり去り事が済む。
帰艦後、予は酒を買い、一同で飲む。商船学校生の肥前の人、河内実登氏が1本買う。それから長いこと甲板上で寝て、終いに帰って寝る。
メモ
ロンドンから帰国の途上。シンガポールに碇泊中。
雁来紅(がんらいこう)は漢名で、和名は葉鶏頭(はげいとう)。雁の来るころに葉が紅色になる。
1900年の日記は『南方熊楠日記〈2〉』に所収