蛇に関する民俗と伝説(その21)

蛇に関する民俗と伝説インデックス

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  • (付)邪視について
  • (付)邪視という語が早く用いられた一例

  • (蛇と財宝3)

     エストニアの俚談にいわく、ある若者奇術を好み、鳥語を解したが、一層進んで夜中の秘密を明らめんと方士に切願した。方士その思い止まるがよろしかろうといさめたれど聞き入れぬから、そんならマルク尊者の縁日の夜が近付き居る、当夜蛇王が七年目ごとの例で、某処で蛇どもの集会を開くはず、その節蛇王の前に供うる天の山羊乳を盛った皿に麪麭パン一片を浸し、逃げ出す先に自分は口に入れ得たら、夜中の秘密を知り得ると教えた。

    やがて尊者の縁日すなわち四月二十五日が昏れると、くだんの若者方士が示した広い沢へ往くと、多くの小山のほか何にも見えず、夜半に一小山より光がさした。これ蛇王の信号で、今まで多くの小山と現われて動かず伏しいた無数の蛇ども、皆その方へ進み行き、小山ついに団結して乾草たいの大きさに積みかさなった。若者恐る恐る抜き足して近寄り見れば、数千の蛇が金冠を戴いた大蛇を囲みあつまりいた。

    若者血かたまり毛つまで怖ろしかったが、思い切って蛇群中に割り込むと、蛇ども怒りうそぶき、口を開いて咬まんとすれど、身々密にあいまとうて動作自在ならず、かれこれ暇取る内に、若者蛇王の前の乳皿に麪麭パンを浸し、速やかに口に含んでけ出した。衆蛇追躡ついじょう余りに急だったから、彼ついに絶え入った。旭の光身に当って、翌旦蘇り見れば、かの沢を距つる既に四、五マイル。

    はや何の危険もないから、終日眠って心身を安め、次夜果して望むところの霊験を得たが、試しのため林中に入るとたちまち浴場が現われ、ただ見る金の腰掛けと、銀の垢磨あかすり、銀のたらいが美々しくつらなりあった。

    小杜
    こもり
    の蔭に潜んでのぞきいると、暫時して妍華超絶ただに別嬪どころでなく、真に神品たる処女、多人数諸方より来り集い、全く露形して皎月こうげつ下に身を洗う。正にこれ巫女廟の花は夢のうちに残り、昭君村の柳は雨のほかにおろそかなる心地して、かの者餓鷹の※(「奚+隹」、第3水準1-93-66)を見るがごとく、ただ就いてこれ食いおわらんと要したが、また思い返していずれ菖蒲あやめと引き煩い、かれこれと計較くらべみる内、惜しきは姿、東方明けなんとすると、一同たちまち消え失せた。

    これら美女、実は草野かやのの女王の娘どもで、各森林の精たり。その後今一度彼らの艶容を窺わんと、夜々脚を林中に運べど、処女も浴場も再び現われず、あてもない恋のほのおに焦れ死んだ。されば忘れても夜中の秘密研究など志すべきでない。

     それから『想山著聞奇集』に、武州で捕えた白蛇の尾尖おさきに玉ありたりとて、図を出す。尾尖に大きな小豆あずき粒ほどの、全く舎利玉通りなる物、自ずから出来いた由見ゆ。十六年ほど前、和歌山なる舎弟方の倉に、大きな黄頷蛇あおだいしょうの尾端く切れて、そのあと硬化せるを見出したが、ざっとこの図に似いた。余り不思議でもなきを、『奇集』に玉と誇称したのだ。毎度尾を引き切れた蛇はかようになるらしく、ロンドン等の地下鉄道を徘徊する猫の尾が、短くなると同じ理窟だ。かく尾切れた蛇を神とし、福を祈る風大和に存すと聞いた。

    『郷土研究』一巻三九六頁に見た中国の蛇神トウビョウも蛇に似て短いとは、かかる畸形の一層烈しいのでなかろうか。インドのカーシャヒルス地方の迷信に、蟒蛇うわばみが人家にやどれば大富を致す。悪人諸方を廻り人を殺して、耳鼻唇髪を切り取り、蟒蛇に捧げて自家に招きおらしむ。土民これを怖れて単身藪林に入らず、蟒蛇を奉崇する家は、何ほど物を売るも更に減らず、したがって金が殖えるばかりちゅううまい話だ(一八四四年版『ベンガル亜細亜協会雑誌』十三巻六二八頁)。

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    「蛇に関する民俗と伝説」は『十二支考〈上〉』 (岩波文庫)に所収

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