南方熊楠の書庫


南方熊楠の書庫

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  • 文選(もんぜん)

    『文選』は、中国の南北朝時代に南朝梁の昭明太子によって編纂された詩文集。全30巻。周代から梁までの約1000年の間に生まれた優れた詩や文章を集めています。530年頃成立。

    中国の文章美の基準を作った書物で、日本にも早くから伝わり、平安時代、貴族の必読書とされました。

    全訳注版は、集英社、全釈漢文大系の『文選』全7巻と、明治書院、新釈漢文大系の『文選』全8巻。



    文選

    南方熊楠の手紙:履歴書(口語訳3)
    また漢学の先生について素読を学ぶのに『文選』のなかで難読の、魚へんや木へんの難しい文字で満ちている「江の賦」「海の賦」を一度師匠の読むのを聞いて2度めからは師匠より速く読んだ。

    南方熊楠の手紙:"南方マンダラ",「不思議」について,その他(口語訳34)
    方丈記』の始めの、ゆく水の云々を、『文選』から出たというのもいかがだろうか。長明は『文選』は読んでいたであろう。しかしそれによって必ず作ったと予は思わない。いま世が書く長文の手紙も一々出処がある。そうであるから捏造というべきだろうか。

    南方熊楠の随筆:十二支考 虎に関する史話と伝説民俗(その30)
    『淵鑑類函』三二〇に『河図かと』を引いて五方の神名を列ね、西方白帝神はくていしん名は白招拒はくしょうきょ、精を白虎びゃっこすといい、『文選』を見ると漢朝神虎殿あり、『山海経せんがいきょう』に崑崙山の神陸吾りくご虎身九尾人面虎爪、この神天の九部と天帝の囿時ゆうじを司ると見え、『神仙伝』(『淵鑑』二七に引く)に山陽の人東郭延、仙道成りて数十人虎豹に乗り来り迎う、親友に別れていわく崑崙山に詣るとあるから、崑崙山の神は虎と人の間種あいのこごときもので虎豹を使うたのだ、

    南方熊楠の随筆:十二支考 蛇に関する民俗と伝説(その22)
    文選』の和訓には、支那の悪鬼人間じんかんにありて怪害をすてふ野仲やちゅうをノヅチと訳した。それからちょうど古ギリシアローマの名神に、蛇妖となり下ったものあるように、野槌も草野の神から悪鬼、次に上述通りの異態な蛇を指すと移ったものか。

    南方熊楠の随筆:十二支考 蛇に関する民俗と伝説(その42)
    これら種々理由あるべきも、その一つは鶏の邪視もて他の怪凶をば制したのであろう。王褒は有名な孝子かつ学者で、『晋書』八八にその伝あり。李善は唐の顕慶中、『文選』を註した(『四庫全書総目』一八六)。


    南方熊楠の随筆:十二支考 蛇に関する民俗と伝説(その21)
    これら種々理由あるべきも、その一つは鶏の邪視もて他の怪凶をば制したのであろう。王褒は有名な孝子かつ学者で、『晋書』八八にその伝あり。李善は唐の顕慶中、『文選』を註した(『四庫全書総目』一八六)。


    南方熊楠の随筆:十二支考 蛇に関する民俗と伝説(その21)
    熊楠十歳の頃、『文選』を暗誦して神童と称せられたが、近頃年来多くの女の恨みで耄碌もうろくし、くだんの魚瞰鶏睨てふ王褒の句が、『文選』のどの篇にあるかをおもい出し得ない。が何に致せ李善がこれに註して、魚瞰とは死んでも眼を閉じぬ事、鶏睨とはよく邪視する事を解いたのだ。






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