古事記


南方熊楠の書庫

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    『古事記』は日本最古の叙事詩的文学。和銅5年(712年)に成立。
    序によると、稗田阿礼(ひえだのあれ)が暗誦していたものを太安万侶(おおのやすまろ)が書き記して完成させました。
    上・中・下の全3巻に分かれる。上巻には神話、中・下巻には歴代の天皇の皇位継承をめぐる話などが収められています。



    古事記

    南方熊楠の手紙:履歴書(口語訳その1)
    古事記』には、(1)多紀理毘売命(たきりひめのみこと) 、またの御名を奥津島比売命(おきつしまひめのみこと)、(2)市寸島比売命(いちきしまひめのみこと)、またの御名を狭依毘売命(さよりひめのみこと) 、(3)多岐都比売命(たきつひめのみこと)、とあります。

    南方熊楠の手紙:浄愛と不浄愛,粘菌 の生態,幻像,その他(口語訳14)
    これと等しく、やれ『古事記』のこの文はエジプトを模倣したとか、『伊呂波文庫』のその話は南アフリカから渡ってきたとか、日本からは何ひとつ外国へ渡さず、始終遠近の外国から伝授だけしていたようにとくのはどうであろうか。そのようなことならば、日本人は(ずいぶん古い遺物製品を所蔵しながら)昨日生まれた犬の子のように、何ひとつ自分の持ち物なしに数千年を経たこととなる。世にこのような理があろうか。

    南方熊楠の随筆:十二支考 兎に関する民俗と伝説(その8)
    かく狡智に富む故兎を神とした人民少なからず。すでに『古事記』に兎神を載せ、今も熊野で兎を巫伴みこともと呼ぶは、狼を山の神というから狼の山の神に近侍し傳令する女巫みこと見立てたのだろ。

    南方熊楠の随筆:十二支考 兎に関する民俗と伝説(その9)
    古事記』に大国主おおくにぬしその兄弟に苦しめられた兎を救い吉報を得る事あり、これらは兎を吉祥とした例だが兎を悪兆とする例も多い。それは前述通りこの獣半男女また淫乱故とも、至って怯懦きょうだ故とも(アボット、上出)、またこれを族霊として尊ぶ民に凶事を知らさんとて現わるる故(ゴム、上出)ともいう。


    南方熊楠の随筆:十二支考 兎に関する民俗と伝説(その13)
    前に述べた亀が諸獣を紿あざむいた話に似たのはわが邦にも古事記因幡いなば素兎しろうさぎわにを欺き海を渡った話がある、

    南方熊楠の随筆:十二支考 田原藤太竜宮入りの話(その36)
    『書紀』二に豊玉姫とよたまひめ産む時夫彦火々出見尊ひこほほでみのみこと約にそむうかがいたもうと豊玉姫産にあたり竜にりあったと記されたが、異伝を挙げて〈時に豊玉姫八尋やひろ大熊鰐わに化為りて、匍匐※(「虫+也」、第3水準1-91-51)もごよう。遂に辱められたるを以てうらめしとなす〉とあり、『古事記』には〈その産にあたっては八尋の和邇わにと化りて匍匐い逶蛇もこよう〉とあり、その前文に〈すべて佗国あだしくにの人は産に臨める時、本国もとつくにの形を以て産生む、故に妾今もとの身を以て産をす、願わくは妾を見るなかれ〉、これは今日ポリネシア人に鮫を族霊トテムとする輩が事に触れて鮫の所作を為すごとく、姫が本国で和邇を族霊とし和邇の後胤と自信せる姫が子を産む時自ら和邇のごとく匍匐ったのであろう、言わば狐付きが狐の所作犬神付きが犬神の所作をし、アフリカで※(「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1-94-55)神が高僧にく時言語全く平生に異なりしきりに水に入らんと欲し、河底を潜り上って※(「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1-94-55)同然泥中に平臥するがごとし(レオナード著『ラワーニゲルおよびその民俗篇エンド・イツ・トライブス』二三一頁)。

    さて『古事記』にこれより先かの尊豊玉姫の父海神わたつみのもとより帰国の時一ひろの和邇に乗りて安著し、その和邇返らんとする時所佩みはかせ紐小刀ひもがたなを解いてその頸に付けて返したまいし故その一尋の和邇を今に佐比持神さひもちのかみというと見え、『書紀』に稲飯命いなひのみこと熊野海で暴風にい、ああわが祖は天神あまつかみ母は海神なるにいかで我を陸にも海にも厄するかと言いおわって剣を抜きて海に入り鋤持神さひもちのかみとなるとある、

    南方熊楠の随筆:十二支考 蛇に関する民俗と伝説(その2)
     本居宣長いわく、
    「『古事記』の遠呂智おろちは『書紀』に大蛇とあり、『和名抄』に蛇和名倍美へみ一名久知奈波くちなわ、『日本紀私記』にいふ乎呂知おろちとあり、今俗には小さく尋常なるを久知奈波といひ、やや大なるを幣毘へびといふ、なほ大なるを宇波婆美うわばみといひ、極めて大なるをじゃといふなり、遠呂智とは俗に蛇といふばかりなるをぞいひけむ云々」。


    南方熊楠の随筆:十二支考 蛇に関する民俗と伝説(その2)
    また『和名抄』に蟒蛇ぼうじゃ、和名夜万加々知やまかがち、『古事記』に赤加賀智あかかがちとは酸漿ほおずきなりとあれば、山に棲んで眼光強い蛇を山酸漿やまかがちといったのであろう。今もヤマカガシちゅう蛇赤くて斑紋あり山野に住みたけ六、七尺に及び、剛強にして人に敵抗す。三河の俗説に愛宕または山神の使といい、雷鳴の際天上すともいう(早川孝太郎はやかわこうたろう氏説)。


    南方熊楠の随筆:十二支考 蛇に関する民俗と伝説(その11)
    古事記』にも、須佐之男命すさのおのみことの女須勢理毘売すせりびめが、大国主命おおくにぬしのみことに蛇の領巾ひれを授けて、蛇室中の蛇を制せしめたとあれば、上古本邦で女がかかる術を心得いたらしい。インドの術士は能く呪して、手で触れずに蛇を引き出し払い去る(一九一五年版エントホヴェンの『コンカン民俗記』七七頁)。

    南方熊楠の随筆:十二支考 蛇に関する民俗と伝説(その37)
    さて谷本博士は、『古事記』に、品地別命ほむじわけみこと肥長比売ひながひめと婚し、ひそかに伺えば、その美人おとめごおろちなり、すなわちかしこみてげたもう。その肥長比売うれえて海原をてらして、船より追い来れば、ますます見畏みて、山のたわより御船を引き越して逃げ上りいでましつとあるを、この語の遠祖と言われたが、これただ蛇が女に化けおりしを見顕わし、恐れ逃げた一点ばかりの類話で、正しくその全話の根本じゃない。

    南方熊楠の随筆:十二支考 蛇に関する民俗と伝説(その37)
    大物主神は素戔嗚尊すさのおのみこと脚摩乳あしなつち手摩乳てなつち夫妻の女をめとって生んだ子ともすえともいう(『日本紀』一)。この夫妻の名をかく書いたは宛字あてじで、『古事記』には足名椎手名椎に作る。はやく論じた通り、上古の野椎ミツチなど、蛇の尊称らしきより推せば、足名椎手名椎は蛇の手足なきをとしたので、この蛇神夫妻の女を悪蛇が奪いに来た。ところを尊が救うて妻とした「その跡で稲田大蛇おろちを丸で呑み」さて産み出した子孫だから世々蛇を族霊としたはずである。


    南方熊楠の随筆:十二支考 馬に関する民俗と伝説(その10)
    篤信が引いた『旧事記』は怪しい物となしくも、保食神の頂より牛馬しと神代巻一書に見え、天斑馬あまのぶちこまの事と、日子遅神ひこじのかみ、片手を馬鞍に掛けて出雲より倭国に上った事とを『古事記』に載すれば(『古今要覧稿』五〇九)、〈牛馬なし〉と書いた『後漢書』は、まるでうけられぬようだが、この他に史実に合った事ども多く載せ居る故、一概に疑う事もならず、地理の詳細ちょっと分りにくいが、朱崖※(「にんべん+擔のつくり」、第3水準1-14-44)耳という小地に近く、土気温暖、冬夏菜茹を生ずる日本の一部分、もしくは倭人の領地に、牛馬がなかったと断ずべしだ。

    南方熊楠の随筆:十二支考 馬に関する民俗と伝説(その13)
    『日本紀』一に伊弉冊尊いざなみのみこと火神を生む時かれてみまかりましぬ、紀伊国熊野の有馬村に葬る。『古事記』には火之迦具土神ひのかぐつちのかみを生ますに御陰みほとかれて崩りましぬ。尊を葬ったてふ花の窟または般若の窟土俗オ○コ岩と称う。高さ二十七間てふいわに陰相の窟を具う。

    先年その辺の人々『古事記』にこの尊を出雲伯耆ほうきの堺比婆之山ひばのやまに葬ったとあるは誤りで、論より証拠炙かれた局部が化石して現存すれば誰が何と言っても有馬村のが真の御陵だ、その筋へ運動して官幣大社にして見せるといきり切っていたがどうなったか知らぬが、この古伝に由ってわが上古また女陰と死の間に密接せる関係ありてふ想像が行われたと判るが学問上の一徳じゃ。

    南方熊楠の随筆:十二支考 馬に関する民俗と伝説(その15)
    本邦にも上世母系統を重んじた例、国史に著われたものあれど今詳述せず。ただ一、二例を挙ぐると、『古事記』に、天孫降下の折随い参らせた諸神をつらねて、天児屋根命あまつこやねのみこと中臣連なかとみのむらじ等の祖などいった内に天宇受売命あめのうずめのみこと猿女君さるめのきみの祖で伊斯許理度売命いしこりとめのみこと鏡作連かがみつくりのむらじの祖と書いた。この両神女なるに子孫の氏ある事疑わしと宣長は言ったが、そこがすなわち母系統で続ける氏もあった証拠で、『古語拾遺』に天鈿女命あめのうずめのみことは〈猿女君の遠祖なり云々、今かの男女皆号して猿女君とす〉とある通り、その子孫代々男女とも父の氏を称せず母の氏で押し通したんだ。






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