山男について、神社合祀反対運動の開始、その他(現代語訳12)

南方熊楠の手紙(現代語訳)

  • 1 山男について
  • 2 山男の冬期の食べ物、燕は日本を去って
  • 2 狒々について
  • 4 唇熊について
  • 5 狒々は熊か
  • 6 広畠氏から聞いた俗譚
  • 7 駝鳥、唇熊
  • 8 ハリセンボン
  • 9 幼少時代、海外遊学時代
  • 10 熊野で
  • 11 神社合祀の弊害
  • 12 大山神社
  • 13 最初に意見書を大臣へ

  • 大山神社

    イチョウ
    Fall Ginkgo Leaves / Antediluvial

    小生の祖先が400年来奉仕してきた大山神社も、今だその林木を利益とし、合祀を迫られていて、村民がいずれも愚にして目前の利欲に目がくらみ、小生の従弟などわずかに5戸を除いた他は、合祀合祀と賛動し、小生の一族はわずかな人数でこれに抵抗し、今日まで無難に保留したけれども、今秋までにぜひとも潰してみようなどと、日高郡の官吏などがいきまいているとのこと。

    大山神社について
    『木国神名帳』に出ている。幕府のころは徳川吉宗公の帰依が篤かったため、天下普請すなわち将軍家から普請されたのだ。今の社は、小生の一族が20年ばかり前に造営したもので、なかなか見事である。

    『木国神名帳』は、他の国々の『神名帳』(『神名帳』は18ヶ国ばかり残っていると聞く。このなかで『木国神名帳』には官知神社、未官知神社ということを分けてあって、大山神社は官知社である)と違って、はなはだ詳細なもので、『延喜式』の「神名帳」だけが古社の標準ではないのは、天日槍(あめのひほこ)の遺蹟である淡路の社が『延喜式』に見えずに、『淡路国神名帳』(『釈日本紀』に引いてある。原書は亡ぶ)に載せていてわずかに知れたことに見ることができる。

    日本の諸国を通じて『神名帳』が各国にそれぞれ残らなかったのは遺憾千万である。しかしながら『神名帳』の残った部分だけでも、なお一層これを幸いに保存すべきではありませんか。

    たとえば銀杏は太古には数十百種もあったが、今は化石となってしまった。だからといって、日本、支那にだけ遺存し、わずかに社寺境内にのみ生を する銀杏を、軽々看過するべきではない。

    友人平瀬作五郎氏は、往年、銀杏の精液が他の高等植物と異なり、かえってシダなどの下等植物に同趣であるのを発見し、植物学会をひっくり返したのは、じつに日本にこの1種だけを保存していた力である。他国で滅びたので、ついでにいっそこの国のものをも全滅させ、跡形なくさせようとするのは、人道にも天道にも背いていると思う。

    このような官吏を勝手気ままに振る舞わせるのは、祖先崇拝を主張する政府の真意では少しもなく、あまりに大勢大勢いって何が大勢やら、ただ衆愚の目前の利欲だけを標準としていくのも、国家独立の精神を養うことにはなるまいと思う。

    (目前の私欲に目がくらみ、祖先以来崇敬してきた古社を潰して快とするようなものは、外寇に通じ内情を洩らすくらいのことを何とも思わないことは当然である。)

    こんなことで小生は日夜憂愁していて、5,6年前までの独身のときであれば、所蔵の図書標本を挙げて外国政府に寄進し、自分も超然と筏に乗って外遊してその客となって快ととなえることができたはずだが、妻子もあり、また妻はただ今懐妊中で、そんなこともできず、何となくぶらぶら致し、面白くない月日を送っております。

    どうか、何とかすみやかに当国の神社濫滅と景勝古跡の全壊を当県において完全に止めるようにするための御計策を教えてくださいませんか。
    完全に止まったときには、小生はすでに外国に雇われている身なので、何とか早くあとをまとめ、貴下らの役に立ちそうなものはなるべく速やかにまとめて貴下らの役に立てて、自分は一己で生活するために外国に行き、仕官でも致したいのです。

    ただ今のようでは大いに寿命も縮まり、せっかく書物を集めても右様の世話が絶えないため何の用もなさず、そのうち身命が衰弱して終わることは、まことに遺憾の極にあるのです。

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    「山男について、神社合祀反対運動の開始」『南方熊楠コレクション〈第2巻〉南方民俗学』 (河出文庫)所収。

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