剃髪した親子、盛長する石、他(現代語訳)

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南方熊楠の手紙(現代語訳)

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  • 本邦産粘菌諸属標本献上表啓

  • 剃髪した親子、盛長する石、他

    明治44年11月16日夜

     拝啓。小生の赤子連日病気の上、小生も脚気のような病気になり気絶するような気持ちのことがあり、命に替えられないから神林などのことに関することを当分止め申します。しかし、野長瀬氏はただ今も近野村で苦戦、村民の多くはこれに加わり申したが、なにせ村吏等の勢いが強く、この先どうなっていくでしょうか。

    ただし、毛利氏は病気はほとんど快癒、明後日当国神職総取締り紀俊と会見、また20日には和歌山へ行き、県知事および県会へ持ち出すつもりとのことです。東京の保勝会(※史蹟名勝天然記念物保存協会の略。当時の総裁は徳川頼倫※)からの声援さえ今少し強ければ事が成り申すでしょうが、返す返すも惜しいことで、当国民が保勝会も徳川侯も恐れはばかるに足らないという観念を抱く至っては、とうてい小生らの微力の耐えるところではないと存じ申されます。

    小生は右に述べたように妻子もまた小生も病気になったので、関係することができず中止いたします。白井先生への御言い訳のため、26年ぶりに昨夜頭を丸め全く剃り落とし、芸当はとても師友の土宜法竜に及ばないから南方法蚓と号し、素性法師ではないが法師の子は法師であるのがよいとして、5歳の倅も剃髪させ法蠏と法号させ、閉門して一切世事を謝し、新聞紙を見ず、塵外の思いをなしており申します。

    お隣の三重県ではすでに神林保存会というものが数日前に出来申しました。しかしながら、当県の今度の川村知事は前の河上氏よりも一切神社のことに無頓着で、神林の伐られるが日に相次ぎ、巡査を派遣して神殿を破らせるとか村吏などの横着極まるのも制止しない。この上小生がこのようなことに関わり合いしていては、また入牢するか、あるいは人の2,3人斬り殺すような珍事がないとも限らない。よって命が惜しいから中止仕ります。なお委細は白井氏より御聞きくださいませ。

     前日『太陽』へ投稿した拙文、『西遊記』、クスタナ国の金鼠王、鼠を使い敵軍の兵具をかみ全敗させたことを引用した次に『松屋筆記』巻八一に、この故事に並べて、『吾妻鏡』巻一、治承4年8月25日の条を引用した。その大意は、平家方俣野景久が駿河国目代橘遠茂と兵を合わせ、甲斐源氏を襲おうと、昨夜、富士の北麓で宿っていたところ、景久並びに従者が帯した百余張の弓弦が鼠に喰い切られ、思慮を失う。安田、工藤らがこれを討ったが、弓弦が絶たれて防戦することができず、景久は打ち負けて逐電した、という。
     右一条は、なるべく御書き加えくださいませ。

     先状で申し上げた(呪者の条に)支那にも男子が女装して巫をしたことは、楊慎の『丹鉛総録』巻二六に「『呂覧』に楚の衰うるや巫音を作為す、注に女は巫という、と。『楚辞』九歌に巫もって神につかうるとするは、それ女妓の始めなるか。漢には総章といい、黄門の□という。しかるに、斉人魯に帰って孔子行き、秦の□〔公〕、戎を遺れて由余去る。また楚に始まらざるなり。漢の郊祀志に、郊□の宗廟を祭るに偽飾の女妓を用うとあるは、今の装旦(おやま)なり。その神をけがすことはなはだし」。

     『類聚名物考』付録巻七に「影向の椋は嵯峨の上京の七の社の御前の古木である」とある。

     石が盛長することは、伴信友の『方術源論』(国書刊行会全集、第五冊146頁)、享保7年に著した『佐倉風土記』に、印旛(いんば)郡太田村にある熊野石、「150年前、村民が紀伊国の熊野社に詣でる。帰ろうとしたとき、青石が草鞋にくっつく。大きさは桃の核ほどで、棄てても棄ててもくっつく。これを怪しんで手に取って便袋に盛る。日々それが長くなり、かつ重くなるのを感じる。家に帰るころになると、袋に入れることができない。ついにこれを神として祀って熊野権現となし、はなはだ慎んで奉承した。そして、またその盛長することは止まらない。はじめ屋後に祀り、後にこれを外に移す。その民はすでに4世になり、石は今3尺9分、周囲1尺4寸で、形は閉じた笠のようである。1年で盛長するのは、必ず米の大きさほどである、と。これを40年前と比べると、すでに6〜7寸盛長している」とある。

    南方拝   

       柳田国男


    この書簡『南方熊楠コレクション〈第2巻〉南方民俗学』 (河出文庫)所収。

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