スッポンと雷(現代語訳1)

スッポンと雷(現代語訳)

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    スッポン
    soft shell turtle / me and the sysop

     本邦の俗説に鼈(スッポン)が人に噛み付くと雷が鳴らなければ放さないという。二世一九の『奥羽道中膝栗毛』4編中巻に、婬婦お蛸が「わらわが吸い付いたが最期、雷様が鳴しやっても離れるこっちゃござりましない」と言うのもこれに基づくか。

    熊野の山中に「かみなりびる」というのがいる。一度吸い付けば雷が鳴るまで離れないという。予はある夏、那智の山奥でこれを見たが、蛭ではなくて一種のプラナリアで長さ6寸ばかり。田辺などの人家、朽ち木などに多い「こうがいびる」(長さ2〜3寸)に似ているが、細長く瑇瑁色、背に黒い筋がある。美麗だが気味悪くゆっくりと蠕動する。空の試験管に入れて10町ばかり走って、見ると早くも半ば溶けていた。よって考えると、暑い日に強いて人体に付けば粘着して溶けてしまうことはあるだろう。さらに蛭のように血を得ようとして吸い付くものではない。

    『重訂本草啓蒙』三十七に度告「こうがいびる」北江州方言「かみなりびる」長さ7寸、夏月、雷鳴の際に樹より落ちるということを言っている。これは田辺あたりでいわれる「こうがいびる」ではなく、那智で見た「かみなりびる」と同じ物であろう。雷雨の節に落ちるのでこのように名づけたのをスッポンの例を追い、吸い付いたら雷が鳴るまで離れないと付会したのであろう。

    支那では『淵鑑類函』に養魚経曰魚□三百六十、則龍為之長而引飛出、水内有鼈則魚不復去、故鼈名神守など亀の神威を説く例はあるが、その雷と関係があることを言うものはないようである。

    Wowitt, 'The Native Tribes of South-East Australia' 1904, p. 769. にヲチヨパルク族の男子は40歳にならずに淡水産のスッポンを食えば雷に殺される、スッポンと雷と縁があって落雷の跡はスッポンに似た臭いがあるというと出ている。

    またグベルナチスは、梵語で亀をカシヤバスといい(仏書に摩訶迦葉波を大亀氏と訳してある)、雷神サラスワチーの騒ぐ音すなわち雷鳴をカシヤピートと呼び、また亀をクールマス、屁をもクールマスと名づける。いずれも古亀の甲羅を楯として用いたことから、楯を撃つ音に雷の音を比べたことによると言っている。この他にスッポンや亀と雷とが関係する説があれば報知をケチられないことを願う。

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    「鼈と雷」は『南方随筆』(沖積舎) に所収。

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