神社合祀に関する意見(現代語訳1)

神社合祀に関する意見(現代語訳)

  • 1 神社合祀令
  • 2 三重県における合祀の弊害
  • 3 神社合祀の強行
  • 4 熊野本宮の惨状
  • 5 新宮、那智
  • 6 熊野古道の惨状1
  • 7 熊野古道の惨状2
  • 8 神社合祀の悪結果1
  • 9 神社合祀の悪結果2
  • 10 神社合祀の悪結果3(前編)
  • 11 神社合祀の悪結果3(後編)
  • 12 神社合祀の悪結果4(前編)
  • 13 神社合祀の悪結果4(後編)
  • 14 神社合祀の悪結果5
  • 15 神社合祀の悪結果6(前編)
  • 16 神社合祀の悪結果6(後編)
  • 17 神社合祀の悪結果7(前編)
  • 18 神社合祀の悪結果7(後編)
  • 19 神社合祀の悪結果8(前編)
  • 20 神社合祀の悪結果8(後編)
  • 21 至極の秘密の儀法
  • 22 神社合祀中止を求む
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    神社合祀令

    国会議事堂
    Parliament of Japan / chaojikazu

     最初、明治39年(1906)12月に原敬内務大臣が出した合祀令は、一町村に一社を標準とした。ただし地勢および祭祀理由において、特殊な事情があるもの、および特別の由緒書があるもので維持確実なものは合祀に及ばない、とした。その特別の由緒とは下記の五項。

    (1)『延喜式』および『六国史(※『日本書紀』『続日本紀』『日本後紀』『続日本後紀』『日本文徳天皇実録』『日本三代実録』※)』所載の社、および創立年代がこれに準ずるであろうもの

    (2)勅祭社、準勅祭社

    (3)皇室の御崇敬があった神社(行幸、御幸、奉幣、祈願、殿社造営、神封、神領、神宝等の寄進があった、など)

    (4)武門、武将、国造、国司、藩主、領主の崇敬があった社(奉幣、祈願、社殿造営、社領、神宝等の寄進があった、など)

    (5)祭神が当該地方に功績また縁故がある神社。

     神社には必ず神職を置き、村社は年に120円以上、無格社は60円以上の報酬を出させる。ただし兼務者に対しては、村社は60円、無格社は30円まで減ずることができる。また神社には基本財産積立法を設け、村社500円以上、無格社200円以上の現金、またこれに相当する財産を現有蓄積させる、とある。

    つまり神職もなく、財産、社地も定まらない廃社同然のもの、また一時流行、運命不定の淫祠、小祠の類を除き、その他の在来の神社を確立させようとしたもののようだ。

     しかしながら、この合祀令の末項に、村社は一年120円以上、無格社は60円以上の常収があるように方法を立てさせ、祭典を全うし、崇敬の実を挙げさせる、とある。祭典は従来氏子人民が好んでこれを全うし、崇敬も実意のあらん限り尽している。

    ただ規定の常収あるように方法を新たに立てて神社を保存しようとするも、幾年幾十年間にこの方法を確立すべしという明示がなく、かつ合祀の処分は、府県知事の任意に任せ、知事はまたこれを、ただただ功績の文書のみを美しくして御褒美に預ろうとする郡長に一任した。

    そのため、官公吏は、なるべくこれを一時即急に仕上げようとして氏子輩に勧めても金銭は思うままに自由にならないので、今度は一町村一社の制を厳行して、なるたけ多くの神社を潰すのを自治制の美事となし、社格の如何(いかん)を問わず、また大小、由緒、履歴を問わず、500円積めば1000円、1000円積めば2000円、3000円、和歌山県のごときは5000円、大阪府は6000円にまで基本財産を値上げして、即急に積み立てることのできない諸社は、強制的に合祀請願書に調印させた。

     むかし孔子は「やむを得なければ軍備も食糧も捨てよ。信頼は捨ててなならない、 民の信頼がなければ国家は安定しない(『論語』巻第六 顔淵第十二)」と言い、恵心僧都は、大和の神巫(みこ)に「慈悲と正直と、止むを得なければいずれを棄てるべきか」と問うたところ、「万止むを得なければ慈悲を捨てよ、おのれ一人慈悲でなくとも、他に慈悲を行なう力ある人がこれをなすことができるだろう、正直を捨てる時は何ごとも成り立たない」と託宣があったという。俗にも「正直の頭(こうべ)に神宿る」と言い伝える。

    しかながら今、国民の元気や道義の根源たる神社を合祀廃社するのに、このような軽率無謀の輩が、合祀を好まない諸民を、あるいは脅迫し、あるいは詐誘して請願書に調印させ、政府へはこれを人民が悦んで合祀を請願する嘆願書であるとあざむいて届け、人民へは汝らはこの調印をしたからこそ刑罰を免れるのだと偽りを言う。

    このように上下を一挙に欺き騙す官公吏を、あるいは褒賞し、あるいは旌表(※せいひょう:人の善行を誉めて、広く世にあらわし示すこと※)するのは理解できない。

    さて一町村に一社と指定される神社は、なるべく郡役所、町村役場に近接した社、もしくは伐るべき樹木が少ない神社を選定しているもので、由緒も地勢も民情も信仰も一切問わず、玉石混淆であり、人心は恐々としている。

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    「神社合祀に関する意見」は『南方熊楠コレクション〈5〉森の思想』 (河出文庫)に所収

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