兎に関する民俗と伝説(その2)


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    却説さて兎と熟兎は物の食べようを異にす、たとえば蕪菁かぶくらうるに兎や鼠は皮をいで地に残し身のみ食うる、熟兎は皮も身も食べてしまう。また地に生えた蕪菁を食うに鼠は根を食い廻りて中心を最後に食うに熟兎は根の一側から食い始めて他側に徹す(ハーチング、六頁)。

    ストラボンの説に昔マヨルカとミノルカ諸島の民熟兎過殖ふえすぎて食物をい尽くされローマに使をつかわし新地を給い移住せんと請うた事あり、その後熟兎を猟殲かりつくさんとてアフリカよりフェレット(いたちの一種)を輸入すと、プリニウスはいわくバレアリク諸島に熟兎おおくなって農穫全滅に瀕しその住民アウグスッス帝に兵隊を派してこれをふせがんと乞えりと、

    わが邦にも狐狸を取り尽くして兎跋扈ばっこを極め農民くるしむ事しばしばあるが熟兎の蕃殖はまた格別なもので、古く地中海に瀕せる諸国にひろがり十九世紀の始めスコットランドに甚だまれだったが今は夥しく殖えイングランド、アイルランドまたしかり、オーストラリアとニュージーランドへは最初遊猟か利得のため熟兎を移すとたちまち殖えて他の諸獣を圧し農作を荒らす事言語に絶し種々根絶の方法を講じ居るが今に目的を達せぬらしい。

    しかしおかげで予ごとき貧生は在英九年の間、かの地方から輸入の熟兎の缶詰を常食して極めて安値に生活したがその仇をビールで取られたから何にも残らなんだワハハハ。

    日本に熟兎を養う事数百年なるもかかる患害うれいを生ぜぬは土地気候等が不適なはもちろん、生存競争上その蕃殖を妨ぐるに力ある動物が多い故とおもう。しかし熟兎はなくとも兎ばかりでも弱る地方多きは昔よりの事でその害を防ぐ妙案が大分書物に見える。

    例せば『中陵漫録』五にいわく
    「兎蕎麦そばの苗を好んで根本より鎌で刈ったごとく一うねずつ食い尽くす、その他草木の苗も同じく食い尽くす事あり、いかようにしても防ぎがたし、これを防ぐには山下の粘土を取り水にてよく泥に掻き立てその苗の上より水をそそぐがごとくそそぎ掛くれば泥ことごとく茎葉の上に乾き附いてあえて食う事なし、苗の生長にはさわらず、およその周り二畦三畦通りもかくのごとくすれば来る事なし、圃の中まで入りて食う事を知らず、米沢の深山中で山農の行うところなり」
    と、これよりふるった珍法は『甲子夜話』十一に出で平戸ひらどで兎が麦畑を害するを避けんとて小さき札に狐のわざと兎が申すと書く、狐これを見て怒りて兎を責むるを恐れ兎害を止めると農夫伝え行う、この札立つれば兎難必ずやむは不思議だとある。

    英国にも兎径ヘヤー・パスという村や野が数あり兎が群れてその辺を通ったからこの名を生じた。兎の通路は熟兎のよりも一層判然はっきりするという事だが、わが邦の兎道うじなどいう地名もこのような起因かも知れぬ。

    それから支那で跳兎、一名蹶鼠げっそというはモレンドルフ説にジプス・アンタラツスでこれは兎と同じ齧歯獣だが縁辺やや遠く、『本草綱目』に〈蹶は頭目毛色皆兎に似て爪足鼠に似る、前足わずか寸ばかり、後足尺に近し、尾また長くその端毛あり、一とび数足、止まるとすなわちつまずたおる〉とづ、英語でジャーボアといいて後脚至って長く外貌習慣共にオーストラリアのカンガルーに似た物だ(第四図[#省略])。

    孔叢子こうそうし』にこの獣甘草かんぞうを食えば必ず蛩々きょうきょうとて青色馬あおうまに似た獣と※※きょきょ[#「馬+巨」、97-3][#「馬+墟のつくり」、97-3]とてのごとき獣とにのこす、二獣、人来るを見れば必ず蹶を負うて走る、これは蹶を愛するでなくて甘草欲しさだ、蹶も二獣の可愛さに甘草を残すでなく足を仮るためじゃとある、まずは日英同盟のような利害一遍の親切だ、『山海経せんがいきょう』に〈飛兎背上毛を以て飛び去る〉とあるも跳兎らしい。

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    「兎に関する民俗と伝説」は『十二支考〈上〉』 (岩波文庫)に所収




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