鶏に関する伝説(その27)

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         概説

     鶏、和名カケ、またクダカケ、これは百済鶏くだらかけの略でもと百済より渡った故の名か。かかるたぐ高麗錦こまにしき新羅斧しらぎおのなど『万葉集』中いと多し(『北辺随筆』)、カケは催馬楽さいばらの酒殿の歌、にわとりはかけろと鳴きぬなりとあるカケロの略で(『円珠庵雑記』)、梵語でクックタ(牝鶏はクックチー)、マラガシーでコホ、新ジォールジァ等でココロユ、ヨーク公島でカレケ、バンクス島でココク(コドリングトンの『メラネシア語篇』四四頁、『ゼ・メラネシアンス』一八頁)等とひとしく、その鳴き声を名としたのだ。漢名けいというも鶏はけいなり、能く時をかんがうる故名づくと徐鉉じょげんは説いたが、グリンムの童話集に、鶏声ケケリキとあったり、ニフィオレ島等で鶏をキオ、マランタ島等でクアと呼んだりするからすと、やはりその声に因って鶏(キー)と称えたのだ。

    ミソル島で鶏の名カケプ(ワリスの『巫来マレー群島記』附録)、マラガシーでアコホ(一八九〇年板ドルーリーの『マダガスカル』三二二頁)など、わが国で鶏声をコケコというに通う。紀州東牟婁郡古座町辺で二十年ばかり前聞いた童謡に「コケロめんどり死ぬまで鳴くが、死んで鳴くのは法螺ほら の貝」。大蔵流本狂言『二人大名』に闘鶏の真似する声、コウ/\/\コキャコウ/\/\とある。これは闘う時声常に異なり劇しい故コキをコキャと変じたらしい。

    『犬子集』一四に「ととよかかよと朝夕にいう」「鶏や犬飼う事をのうにして」。只今は犬を呼ぶにかかといわぬが、鶏を呼ぶにトト/\というは寛永頃既にあったのだ。チドレヤガレラで鶏をトコ、アルチャゴおよびトボでトフィ(ワリス同前)、ファテ等でト、セサケ等でトア、エロマンガでツオ、ネンゴネでチテエと名づくるなどかんがえ合すと、本邦のトトは雄鶏の雌を呼ぶ声に由ったものらしい、魚をトトというは異源らしい。『骨董集』上編上を見よ。

     『下学集かがくしゅう』上、鶏一名司晨ししん云々、日本にて木綿付鳥ゆうつけどり、あるいはいわく臼辺鳥うすべどり、これは臼の辺に付けまつわって米を拾うからの名であろう。ユウツケ鳥は三説あり、『松屋まつのや筆記』七に鶏はさるの時(午後四時)に夕を告げてねぐらこもるが故に、夕告鳥というにや云々。『敏行歌集』に「逢坂おうさかのゆふつけになく鳥の名は聞きとがめてぞ行き過ぎにける」、鳥も夕を告げて暮に向う頃なるに関守せきもりは聞き咎めもせず関の戸も閉ざさざれば人も行き過ぎぬとなり。

    集外三十六歌仙里見玄陳歌にも「遠方おちかたに夕告鳥の音すなり、いざそのかたに宿りとらまし」とあって、拙宅の鶏に午後四時にまって鳴くのがある。今一説はユウツケを木綿付と釈くので、仲実なかざねの『綺語抄』下にゆうつけ鳥、公の御禊おはらえに鶏にゆうを付けて逢坂に放つなりとある。鶏をはたた鳥ともいう(『円珠庵雑記』)は、虫にはたはたあるごとく、翼を叩いて出す音に因ったのだ。『万葉』七に「にはつとりかけのたりをのみたれ尾の、長き心も思はさるかも」。

    ニワツトリまたニワトリは庭に飼うからの名だ。その他ヤコエノトリ、ネザメドリ、アケツゲドリ、ナガナキドリ、トコヨノトリと種々に異名ある(『重訂本草啓蒙』四四)。「神代巻」や『古事記』に、天照大神あまてらすおおみかみ岩戸籠いわとごもりの時、八百万やおよろずの神、常世とこよ長鳴鳥ながなきどりあつめ互いに長鳴せしめたと見ゆ。

    本居宣長曰く、常世の長鳴鳥とは鶏をいう。常世は常夜とこよで常世とは別なり。言の同じきままに通じて、字にはこだわらず書けるは古の常なり。ここに今かく常夜往時につどえて鳴かせし鳥たるを以て後に負わせし称なるを、その始めへ廻らしてかくのごとくいえるなりと。『淵鑑類函』四二五、『広志』曰く、〈并州の献ずるところ、呉中長鳴鶏を送る〉、また〈九真郡長鳴鶏を出す〉。

    『広益俗説弁』二五に『桂海虞衡志けいかいぐこうし』いわく、〈長鳴鶏は高大常鶏に過ぐ、鳴声甚だ長し、終日啼号絶えず〉とあるが、『礼記』に〈宋廟を祭るの礼、鶏は翰音かんおんという〉、註に〈翰は長なり、鶏肥ゆればすなわち鳴声長きなり〉とありて、すべて他の諸鳥より鳴声長く続き、長く続くほど尊ばれたから、古本で鶏をすべて長鳴鳥というたのだ。『類函』に『風俗通』を引いて〈鳴鶏朱々と曰う、俗にいう、相伝う鶏はもと朱氏の翁化してこれと為ると〉、注に〈読むこと祝々のごときは、禽畜を誘致して和順の意〉。これは日本で鶏を呼ぶにトト/\と唱うるごとく、漢時代には朱々と唱えて呼ぶに因って、朱氏翁が鶏になったとこじ付けたのだ。

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    「鶏に関する伝説」は『十二支考〈下〉』 (岩波文庫)に所収

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