鶏に関する伝説(その20)

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     坊主が自分の好く物を鱈腹たらふく頬張って得脱させやったと称えた例は、本邦またこれある。『宇治拾遺』に永超僧都そうずは魚なければ食事せず、在京久しき間魚食わず、弱って南都に下る途上、その弟子魚を乞い得てすすめた。魚の主、後に鬼がその辺の諸家に印し付くるに我家のみ付けず、鬼に問うとかの僧都に魚を奉った故印し除くというと夢みた。その年この村疫病で人多く死んだが、この家のみ免れ、僧都のもとへ参り告げると被物かむりもの一重ひとかさねくれたとある。

    『古今著聞集』に、伊勢の海浜で採れたはまぐりを東大寺の上人が買って放ちやると、その夜の夢に蛤多く集まりて、大神宮の前にまいりて得脱するはずだったに、入らぬ世話して苦を重ねしめられたと歎いたと記す。夢に立会人がないからアテにならず、まずは自分が食いたさにこんな事を触れ散らしたのだろう。それよりも豪いのはインドで、女人その身を僧に施すを功徳と信じた。『解脱戒本経』に、もし比丘びく、女人の前において自ら身を讃め、姉妹我ら戒を持し善く梵行を修す、まさに婬慾を以て供養すべし、この法は供養最も第一と言わば、僧伽婆そうがば尸沙罪ししゃざいたりという。

    その風を伝えたものか、『西域見聞録』五にズルガル部落を記して、〈最も喇嘛ラマを重んず云々、遥かにこれを見ればすなわち冠をぬぎ叩著こうちょす、喇嘛手にてその頂を摩し、すなわち勝れてこれを抃舞べんぶす、女を生めば美麗なるを択びてこれを喇嘛に進むるに至る、少婦疾病あるに遇えば、すなわち喇嘛と歇宿けっしゅくせんことを求む、年を月を累ね、而して父母本夫と忻慰きんいす、もしあるいは病危うければ本夫をして領出せしめ、ただその婦の薄福を歎ずるのみ〉前述一向宗徒が門跡様をありがたがったごとし。ジュボアの『印度の風俗習慣および礼儀』二巻六〇九頁等に、梵士が神の妻にするとて美婦を望むに、親や夫が悦んでこれを奉り、梵士の慰み物としてその寺にれる由を記す。

     男女が逢瀬の短きを恨んで鶏を殺す和漢の例を上に挙げたが、それと打ってかわった理由から鶏を殺す話がイタリアにある。貧しい少女が独り野に遊んで、ラムピオン(ホタルブクロの一種で根が食える)を抜くと、階段が見える。歩み下ると精魅の宮殿に到り、精魅らかの少女を愛する事限りなし。それより母の許へ帰らんと望むに、許され帰る。その後、夜々形は見えずにさわぐ者あるので、母に告げると、蝋燭をともして見出せという。次の夜、蝋燭点して見ると、玉のごとき美少年胸に鏡をけたるが眠り居る。その次の夜もかくして見るとて、誤ってその鏡に蝋を落し、少年たちまち覚めて汝はここを去らざるべからずと歎き叫んだ。

    少女すなわち去らんとする時、精魅現われて糸のまりを与え、最も高い山頂に上ってこの毬を下し、小手巻きのび行く方へ随い行けと教え、その通りにして一城下に達するに、王子失せたという事で城民皆喪服しいた。たまたま母后窓よりこの女を見、呼び入れた。その後この女愛らしい男児を生むと、毎夜靴を作る男ありて「眠れ眠れわが子、汝をわが子と知った日にゃ、汝の母は金の揺籃ゆりかごと金の著物きもので汝を大事に育つだろ、眠れ眠れわが子」と唄うた。女、母后に告げたはこの男こそこのほど姿をくらましたという王子で、王子に見知られずに日が出るまで王宮に還らぬはずだと、母后すなわち城下の鶏を殺し尽くし、一切の窓を黒で覆い、その上に金剛石を散らし掛けしめ、日出るも見知らずまだ夜中と思わせた。かくて王子は少女と婚し、目出たく添い遂げたそうだ。

     イタリア人ジォヴァンニ・バッチスタ・バシレの『イル・ペンタメロネ』の四巻一譚に、ミネカニエロ翁雄鶏を飼う。金入用に及び、これを術士二人に売る。彼ら鶏を持ち去るとて、この鶏の体内に石あり。それを指環にめてぶれば、欲しいと思う物ことごとく得べしと語る。ミネカニエロこれを聞いてその鶏を盗み、殺して石を取り、青年に若返り、金銀荘厳の宮殿に住む。術士化け来って、その指環をかたり取ると、ミネカニエロまた老人となり、指環を取り戻さんと鼠が住む深穴国に至る。鼠ども術士の指をんで環をミ翁にかえす。ミ翁また若返り、二術士を二に化し、自らその一にり、のち山より投下す。今一の驢に豕脂ししを負わせ、報酬として鼠どもに贈るとある。

    鶏石(ラテン名ラピルス・アレクトリウス)は鶏の体内にある小石で、豆ほど大きく、水晶の質でこれを佩ぶれば姙婦によろしく、また人をして勇ならしむ。クロトナのミロンは鶏石のおかげで大勇士となった由。一六四八年ボノニア板、アルドロヴァンズスの『ムセウム・メタリクム』四巻五八章に、この石の記載あるが諸説一定せず、蚕豆そらまめ状とも三角形ともいう。佩ぶれば姙婦に宜しという石どもについては、余未刊の著『燕石考』に詳述したが、その一部分を「孕石はらみいしの事」と題して出し置いた。

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    「鶏に関する伝説」は『十二支考〈下〉』 (岩波文庫)に所収

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