虎に関する史話と伝説民俗(その41)

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虎に関する史話と伝説民俗インデックス

  • (一)名義の事
  • (二)虎の記載概略
  • (三)虎と人や他の獣との関係
  • (四)史話
  • (五)仏教譚
  • (六)虎に関する信念
  • (七)虎に関する民俗
  • (付)狼が人の子を育つること
  • (付)虎が人に方術を教えた事

  • 虎が人に方術を教えた事



         (付) 虎が人に方術を教えた事

     『日本紀』二四に、皇極こうぎょく天皇四年四月、
    高麗こまの学僧らもうさく、
    「同学鞍作得志くらつくりのとくし、虎をて友として、そのばけを学び取れり。あるいは枯山からやまをして変えて青山にす。あるいは黄なるつちをして変えて白き水にす。種々くさぐさあやしき術、つくして究むべからず(『扶桑略記ふそうりゃっき』四には多以究習とす)。また、虎、その針を授けて曰く、慎矣慎矣ゆめゆめ、人をして知らしむることなかれ。ここを以て治めば、やまい愈えずということなし、という。果して言うところのごとくに、治めてえずということなし。得志、つねにその針を以て柱のうちに隠し置けり。後に、虎、その柱をりて、針を取りて走去げぬ。高麗国こまのくに、得志が帰らんとおもこころを知りて、あしきものを与えて殺す」
    と〉。

    似た譚が支那にもある。いわく、〈会稽余姚かいけいよようの人銭祐せんゆう、夜屋後に出で、虎の取るところとる、十八日すなわち自ら還り、説くに虎初め取る時、一官府に至り、一人几にるを見る、形貌壮偉、侍従四十人、いいて曰く、われ汝をして数術の法を知らしめんと欲すと、留まること十五日、昼夜諸の要術を語る、祐法を受けおわり、人をして送り出ださしめ、家に還るを得、大いに卜占を知り、幽にして験せざるなく年を経てすなわち死し、異苑を出づ〉と。支那説に〈虎衝破を知る、能く地を画し奇偶を観る、以て食を卜し、今人これにならう、これを虎卜という〉。またいわく、 〈虎行くに、爪を以て地を※(「土へん+斥」、第3水準1-15-41)り食を卜す〉。

    安南人の説に、人が虎に啖わるるは、前世から定まった因業でのがれ得ない。その人前生に虎肉を食ったか、前身犬や豚だった者を、閻魔王がそのにくむ家へ生まれさせたのだ。故に虎が人を襲うに、今度は誰を食うと、ちゃんと目算が立ちおり、その者家にありや否やを考えて、疑わしくば木枝を空中にげ、その向う処をみて占うといい、カンボジア人は、虎栖処すみかより出る時、何気なく尾が廻る、そのさきをみて向うべき処を定むと信ず。

    マレー人説には、虎食を卜うに、まず地に伏し、両手で若干の葉をとり熟視すれば、一葉の輪廓が、自分食わんと志す数人中の一人の形にみえるが首はない、すなわちその人と決定し食うと。

    またマレー人やスマトラ人が信ずるは、人里遠い山林中に虎の町あり、人骨をタルキ、人皮を壁とし、人髪で屋根をふいた家に虎どもがみ、生活万端人間に異ならずと。銭祐が往った虎の官府に似た事だ。

    けだし、支那やマレー諸地に※(「豸+區」、第4水準2-89-8)※(「豸+區」、第4水準2-89-8)人の迷信盛んに、虎装した兇人が、秘密に部落を構えすみ、巧みに変化して種々の悪行をなし、時には村里へ出て内職に売卜したと見える。元来虎の体色と斑条が、熟日下の地面と樹蔭によく似るから、事に臨んで身をかくすに妙で、虎巧みにその身を覆蔵すと仏経に記され、〈虎骨甚だ異なり、咫尺しせき浅草といえども、能く身伏しあらわれず、その※(「九+虎」、第4水準2-87-25)こうぜんたる声をすに及んで、すなわち巍然ぎぜんとして大なり〉と支那説がある。

    また猫や犬が時に葉や土をき戯れ、あるいは何か考うる体で尾を異様に動かすごとく、注意して観察せば、虎も時々異様な振舞いをなす事あるべく、毎々つねづねこれをみた人々が、虎方術を能くし、まず卜うて後に食を取ると信じたなるべし。されば南インドに、方術に精通した猛虎が、美少年に化けて梵士の娘をめとった話あり。

    東晋李嵩涼州の牧だった時、虎が人に化けて勧めたまま、酒泉に移り住んで西涼王となり、本邦の釈道照は新羅しらぎに入って役行者えんのぎょうじゃ化身と語ったなど、虎が人となって予言し、術者が虎に化けて人と談じた物語少なからず。

    由って虎を霊視するの極、本来動物崇拝を峻拒しゅんきょする回教徒中にあっても、かつて上帝が虎と現じて回祖マホメットと談じたと信ずる輩すらある(『太平広記』二九二。『本草綱目』五一。『広博物志』四六。一八八一年サイゴン発行『仏領交趾支那遊覧探究雑誌』八号、三五五頁。一八八三年刊行、一六号一五一頁。一九〇〇年版、スキートの『巫来マレー方術篇』一五七および一五九頁。本誌二巻五号、拙文「千疋狼」三〇九頁以下。一八六五年版、ウッドの『動物図譜』一巻、虎の条。『坐禅三昧法門経』上。『淵鑑類函』四二九。一八九〇年版、キングスコウトおよびナテーサ、サストリの『太陽譚』一一九頁以下。『元亨釈書げんこうしゃくしょ』一五。一九〇七年版、ディムスの『バロチェ人俗詩篇』一五八頁)。

    (昭和五年一〇月、『民俗学』三ノ一〇)

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      「彪」の「彡」に代えて「夂/黒の旧字」    12-15
      「厂+虎」    12-16
      「牛+孛」    40-2
      「虎+鳥」    41-7
      「虎+兔」    41-7
      「豸+干」    57-4、57-7、57-8、57-9、57-9、58-3、58-4
      「ころもへん+逢」    68-5
      「事+りっとう」    85-13

    「虎に関する史話と伝説民俗」は『十二支考〈上〉』 (岩波文庫)に所収

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