虎に関する史話と伝説民俗(その36)


虎に関する史話と伝説民俗インデックス

  • (一)名義の事
  • (二)虎の記載概略
  • (三)虎と人や他の獣との関係
  • (四)史話
  • (五)仏教譚
  • (六)虎に関する信念
  • (七)虎に関する民俗
  • (付)狼が人の子を育つること
  • (付)虎が人に方術を教えた事

  • 虎に関する民俗2)



     『本草綱目』に虎皮を焼いてめば卒中風を療す、また瘧疾おこりを治し邪魅を避くと[#「邪魅を避くと」は底本では「邪魅をくと」]づ。『起居雑記』に虎豹の皮上に睡れば人の神を驚かしむとある由。予往年大阪の老いた薬商に聞いたは、虎皮上で竜虎采戦の秘戯をすると二人とも精神茫空ぼうくうす熊胆を服めば本復すと。

    どうもうそらしいから自分ためして実否を験せんと毎度望むが、虎皮が手もとにないから事遂げぬ。読者中誰か貸してくれぬかしら。虎膏は狗噛瘡を治し、下部にいれれば痔病で血下るを治し、内服せば反胃かくを治し、煎消して小児の頭瘡白禿しらくもに塗ると『本草』に見ゆ。よろしくって見なさい。だが虎膏は皮より一層むつかしい尋ね物だ。

    昔仏王舎城おうしゃじょうおわせし時、六群比丘、獅虎豹豺あぶらを脚に塗り象馬牛羊驢の厩に至る。皆その脂臭を嗅いで覊絆きはん※(「てへん+曳」、第4水準2-13-5)たくえい驚走す、比丘輩我大威徳神力ある故と法螺ほら吹き諸居士こじこれを罵る。猟師の習い悪獣の脂を脚に塗り畜生をして臭いをいで驚き走らしむるのだ。仏これを聞いてかかる事した比丘を突吉羅ときら罪とした(東晋訳『十誦律毘尼序』巻下)。

     アイモニエー曰く、猫往昔むかし虎に黠智かつちと躍越法を教えたがひとり糞を埋むる秘訣のみは伝えず、これをうらんで虎今に猫を嫉むとカンボジアの俗信ずと。また同国で言うは虎ゆえなく村に入るは伝染病流行のきざしと。熊野で聞いたは狼もっとも痘瘡の臭を好み、この病流行はやる時村に忍び入って患者に近づかんとすと。『山海経』に崑崙の西に玉山あり西王母せいおうぼ居る、〈西王そのかたち人のごとし、豹尾虎歯にして善く嘯く、蓬髪ほうはつ勝をいただく、これ天の※(「厂+萬」、第3水準1-14-84)※(「厂+萬」、第3水準1-14-84)※(「宀/火」、第4水準2-79-59)わざわいなり)および五残(残殺の気なり)を司る〉。支那にも昔流行病と虎豹と関係ありとしたのだ。

    また虎が人を病ましむる事も『淵鑑類函』に出づ。清源の陳褒別業に隠居し夜窓に臨んで坐す、窓外は広野だ、たちまち人馬の声あり、きっと見ると一婦人虎にり窓下よりみちを過ぎて屋西室の外にく。壁隔て室内に一婢ありて臥す。右の婦人細き竹杖で壁隙より刺すと婢腹病むというて戸を開きかわやく。

    褒まさにおどろき、あきれて言を発せぬうち婢立ち出で虎にたる。褒出で救うてわずかに免がれた。郷人曰く村中つねにこの怪あり、虎鬼と名づくと。虎に騎った女鬼が人を杖で突いて腹痛がらせ外出して虎に搏たれしむるので、上に言った※(「にんべん+長」、第4水準2-1-56)ちょうきの類だ。インドの虎狩人の直話をワルハウス筆して曰く、コイムバトール地方を永い間侵して人多く殺した一虎を平らげんとて懸賞したが、誰も討ちおおせなんだ。

    世評にこの虎に食われた梵志の霊がその虎に騎り差図して撃たれざらしむと言った。くだんの虎狩人何とか討ち留めて高名せんと村はずれの高樹に上り銃を手にして見廻し居ると、夜中に一つの光が榛中しんちゅうを巡りありく、眼を定めて善くると虎の頭に光ありて虎形が朦朧もうろうながら見えるほどだ。樹に近く来るとその人全身しびれるほど怖ろしくなり銃を放ち能わず一生にかつてこんなこわい目に遭った事なしと(一八九四年十二月『フォークロール』二九六頁)。

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    「虎に関する史話と伝説民俗」は『十二支考〈上〉』 (岩波文庫)に所収




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