虎に関する史話と伝説民俗(その18)


虎に関する史話と伝説民俗インデックス

  • (一)名義の事
  • (二)虎の記載概略
  • (三)虎と人や他の獣との関係
  • (四)史話
  • (五)仏教譚
  • (六)虎に関する信念
  • (七)虎に関する民俗
  • (付)狼が人の子を育つること
  • (付)虎が人に方術を教えた事

  • (仏教譚4)

    サラミスの長人せいたかアヤース、ギリシア軍のトロイ攻めに武勇抜群だったが敵味方ともオジッセウス戦功無双と讃めしをうらみ自殺した、その血から紫の百合花葩はなびらにアイ、アイとその名の頭字を現わし兼ねて嗟息といき吐く声を表わした(スミス同前)。

    ドイツで薔薇をアドニスブルーメと呼ぶは、アドニス殺された折りヴェヌス嘆き男のしかばねから血一滴下るごとに女神の眼から涙一点落ち血は薔薇涙はアドニス花となった故とか、一説に爾時そのとき女神急ぎ走りてとげで足をいため元白かった薔薇花を血で汚して紅色にしたと、しかればスペンサーも「薔薇の花その古は白かりき、神の血に染み紅く咲くてふ」とやらかした、回教徒伝うらく回祖マホメット天に登る際額の汗ちて白薔薇、他の所より落した汗が黄薔薇となったと、また古ギリシア人伝えたはヘーラ睡れる間その夫ゼウス幼児ヘラクレス(ゼウス神、チーリンスの王アムフィトリオーンがいくさに往った不在に乗じかの王に化けその後アルクメーネーに通じ生むところ、故にヘラクレス人間じんかんに住んだうち常にヘーラに苦しめらる)をしてヘーラの乳をい不死の神力をけしめた、ところが吮う力余り強かったので乳出過ぎて口外に落ち百合となったとも銀河となったともいう、その百合の花非常に白きを嫉んでヴェヌス女神海波の白沫より出現し極浄無垢の花の真中にうさぎうま陽根いちもつそのままな雌蕊めしべ一本真木柱太しくはやした、しかしその無類潔白な色をで貞女神ヘーラまたジュノンおよびスベスの手にこの花を持つ、それと同時にくだんの陰相に因んで好色女神ヴェヌスと婬鬼サチレスもこの花を持つ(グベルナチス、巻二)。

    ここに言える百合は谷間百合リリス・オブ・ヴァレー(きみかげそう)だともいう、耶蘇ヤソ徒は聖母がキリストに吮わせた乳少々地に堕ちてこの草になったと伝う(ベンジャミン・テイロール『伝説学ストリーオロジー』第九章)。

    紀州田辺近き上芳養村の俗伝に弘法大師筆を 馬蓼いぬたでの葉で拭うた、自来この草の葉に黒斑せずとて筆拭草と呼ぶ、『淵鑑類函』二四一に『湘州記』いわく〈舜蒼梧の西湖に巡狩す、二妃従わず、涙を以て竹を染む、竹ことごとく斑となりて死するなり〉、また『博物志』に〈洞庭の山帝の二女啼き、涕を以て竹に揮い竹ことごとく斑なり、今 下雋かしゅんに斑皮竹あり〉、わが邦の虎斑竹のごとく斑ある竹をの二女娥皇と女英が夫舜に死なれていた涙の痕としたのだ、英国などの森や生垣の下に生える毒草アルム・マクラツムはわが邦の蒟蒻こんにゃくや菖蒲とともに天南星科の物だ、あちらで伝うるはキリスト刑せられた時この草磔柱たっちゅうの真下に生えおり数滴の血を受けたから今はその葉に褐色の斑あると(フレンド『花および花譚フラワース・エンド・フラワーロワー』巻一、頁一九一)。

    英国ダヴェントリー辺昔嗹人デーンス敗死の蹟に彼らの血から生えたという嗹人血デーンス・ブラッドなる草あり、某の日に限りこれを折ると血出ると信ぜらる、これは桔梗科のカムバヌラ・グロメラタ(ほたるぶくろの属)の事とも毛莨きんぽうげ科のアネモネ・プルサチラ(おきなぐさの属)の事ともいう(同上、頁三一五。一九一〇年十二月十七日『ノーツ・エンド・キーリス』四八八頁)。

    アルメニアのアララット山の氷雪中に衆紅中の最紅花、茎のみありて葉なきが咲くトルコ人これを七兄弟の血とづく(マルチネンゴ・ツェザレスコ『民謡研究論エッセイス・イン・ゼ・スタジー・オヴ・フォーク・ソングス』五七頁)。

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    「虎に関する史話と伝説民俗」は『十二支考〈上〉』 (岩波文庫)に所収




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