田原藤太竜宮入りの話(その16)


田原藤太竜宮入りの話インデックス

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  • 竜の起原と発達
  • 竜の起原と発達(続き)
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  • (竜とは何ぞ5)

     アドルフ・エルトンの『世界周遊記ライセ・ウム・ジェ・エルデ』(一八三八年版、二巻一三頁)に、シベリアの露人が、新年に試みる指環占の中、竜てふ名号をいう事あるにより、この占法うらかたは蒙古より来れりと断じた。これは蒙古はインドと支那の文物を伝え、この二国が竜の崇拝至って盛んだから、竜てふ名号は蒙古を経て、二国よりシベリアに入ったとの推定であろう。予はこの推定を大略首肯するに躊躇せぬ。

    しかしかかる物を読んで、竜をアジアの一部にのみおこなわれた想像動物と信ずる人あらば、誤解も甚だしく、実は竜に関する信念は、インドや支那とその近傍諸国に限らず、広く他邦他大州にも存したもので、たとえば、ニューギニアのタミ人元服を行う時、その青年必ず一度竜に呑まるるを要し(一九一三年版、フレザー『不死の信念ゼ・ビリーフ・イン・インモータリチー』一巻三〇一頁)、西北米のワバナキインジアンに、竜角人頭にきて根を下ろし、れども離れぬ話広く行われ(『万国亜米利加学者会報トランサクチョン・ジュ・コングレス・アンターナチョナル・デー・アメリカニスト』一九〇六年、クェベック版、九二頁)、西人がメキシコを発見せぬ内、土人が作った貴石のモザイク品に、背深緑、腹真紅、怒眼、鋭牙、すこぶる竜に似たものが大英博物館にあったので、予これは歌川派画工が描いた竜をまねたのだろと言うと、サー・チャーレス・リードが、しっかり手に執って見よというから、しばらく審査すると、全く東半球に産せぬ響尾蛇ラットル・スネークの画の外相だけ東洋の竜によく似たと判った。

    しかるにその後、仏人サミュール・ド・シャムプレーンの『一五九九—一六〇二年西印度および墨西哥』(ナラチヴス・オヴ・ア・ヴォエージ・ツー・ゼ・ウェスト・インジース・エンド・メキシコ、一八五九年英訳)を見るに、メキシコの響尾蛇の頭に両羽あり、またその地に竜を産し、鷲の頭、蜥蜴とかげの身、蝙蝠こうもりつばさで、ただ二大脚あり。大きさ羊のごとく、姿怖ろしけれど害をさぬとあった。因ってかの国にも、古来蛇、蜥蜴などを誇張して、竜のたぐいの想像動物をこしらえあったと知った。

    濠州メルボルン辺にむと伝えた巨蛇おろちミンジは、プンジェル神の命のままに、疱瘡と黒疫ペストもて悪人を殺すにく、いと高き樹に登り尾もて懸け下り、身を延ばして大森林をえ、どの地をも襲う。また乾分こぶん多く、諸方に遣わして疫病を起す。

    この蛇来る地の人皆取る物も取らず、死人をも葬らず、叢榛こもりに放火して、速やかに走り災を脱れた(一八七八年版、スミス『維多利亜生蕃篇ゼ・アボリジンス・オヴ・ビクトリア』巻二)といえる事体、蛇よりは欧亜諸邦の毒竜の話に極めて似居る。

    例せばペルシアの古史賦『シャー・ナメー』に、勇士サムが殺した竜は頭髪かみを地に※(「てへん+曳」、第4水準2-13-5)いて山のごとく起り、両の眼宛然さながら血の湖のごとく、一たび※(「口+「皐」の「白」にかえて「自」、第4水準2-4-33)ゆれば大地震動し、口より毒を吐く事洪水に似、飛鳥き、奔獣尽き、流水より※(「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1-94-55)がくを吸い、空中より鷲を落し、世間恐怖もて満たされ、一国のために人口の半ばをうしのうたと吹き立て、衆経撰『雑譬喩ぞうひゆ経』に、昔賈客こかく海上で大竜神に逢う、竜神汝は某国に行くかと問うに、往くと答えると、五升がめの大きさの卵一つを与え、かの国に行かば、これを大木の下に埋めよ、しからざれば殺すぞという。

    恐ろしくてその通り埋めてより国中疫病多し、王占いてかの蟒卵ぼうらんを掘り出し焼き棄てると疫がんだ。後日かの賈客、再び竜に逢って仔細を語ると、奴輩やつらを殺し尽くさぬは残念というから、その故を問う。我もとかの国の健児某甲だった。平日力をたのんで国中の人民を凌轢りょうれきせしも、一人としてわれを諫むるなく、すがままに放置すておいたので、死後竜に生まれて苦しみ居る故に、返報に彼らを殺そうとしたのだといった。

    また、舎衛国に、一日縦横四十里の血の雨ふる。占師曰く、これは人蟒じんぼうが生まれた兆だ、国中新生の小児をことごとく送り来さしめ、各々一空壺中につばはかしむれば、つばきが火となる児がそれだというので試みると、果して一児が人蟒と別った、因ってこれを無人処ひとなきところに隔離し、死刑の者を与えると、毒を吐いて殺す事前後七万二千人、ある時獅出で来て吼声四十里に達したので人蟒を遣わすに、毒気を吐いてたちまちこれをたおした。のち人蟒老いて死せんとする時、ぶつ舎利弗しゃりほつして往き勧めて得脱とくだつせしむ。

    人蟒われいまだ死せざるに、この者われをあなどり、取次もなしに入り来るといかって毒気を吐くを、舎利弗慈恵を以てはらい、光顔ますますく、一毛動かず。人蟒すなわち慈心を生じ、七たび舎利弗を顧みて、往生昇天したとある。竜気をけて生まれてだにこんなだ。

    いわんや竜自身の大毒遥かに人蟒や蟒卵に駕するをやで、例せば、難陀なんだ※(「烏+おおざと」、第3水準1-92-75)波難陀うばなんだ二竜王、各八万四千の眷属あり、禍業の招くところ、悩嫉心を以て、毎日三時その毒気を吐くに、二百五十踰膳那ようじゃな内の鳥獣皆死し、諸僧静かに度を修する者、皮肉変色憔悴やせしおれ黄ばんだので、仏目蓮もくれんをして二竜を調伏せしめた(『根本説一切有部毘奈耶』四四)。

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    「田原藤太竜宮入りの話」は『十二支考〈上〉』 (岩波文庫)に所収




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