田原藤太竜宮入りの話(その14)

田原藤太竜宮入りの話インデックス

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  • 竜とは何ぞ
  • 竜の起原と発達
  • 竜の起原と発達(続き)
  • 本話の出処系統

  • (竜とは何ぞ3)

      『正法念処経』にいわく、瞋痴多行おこりどおしの者、大海中に生まれて毒竜となり、共に瞋悩乱心毒を吐いて相害し、常に悪業を行う。竜が住む城の名は戯楽けらく、縦横三千由旬ゆじゅん、竜王中に満つ、二種の竜王あり、一は法行といい世界を護る、二は非法行で世間をやぶる、その城中なる法行王の住所は熱砂らず、非法行竜の住所は常に熱沙り、その頂あり、いて宮殿と眷属を焼き、全滅すればまた生じて不断苦しみを受く、法行竜王の住所は七宝の城郭七宝の色光あり、諸池水中衆花具足し、最上の飲食おんじきもて常に快楽し、妙衣厳飾おもうところ随意に皆あり、しかれどもその頂上常に竜蛇の頭あるを免れぬとある。今も竜王の像に、必ず竜が頭から背中へかじり付いたよう造るは、この本文をよりどころとしたのだろ。さて竜に生まるるは、必ずしも瞋痴ばかにおこった者に限らず、吝嗇けちな奴も婬乱な人も生まれるので、けちな奴が転生した竜は相変らずしわく、みだらなものがなった竜は、依然多淫だ。面倒だが読者が悦ぶだろから、一、二例を挙げよう。

     『大毘盧遮那加持経だいびるしゃなかじきょう』に、人の諸心性を諸動物に比べた中に、広大なる資財を思念するを竜心と名づけた。わが邦で熊鷹根生というがごとし。今日もインドで吝嗇漢しわんぼう嗣子なく、死ねば蛇とって遺財を守るという(エントホヴェン輯『グジャラット民俗記フォークローアノーツ』一一九頁)。すべてインドで財を守る蛇はナガ、すなわち載帽蛇コブラ・デ・カペロで、多くの場合に訳経の竜と相通ずる奴だ(後に弁ずるを読まれよ)。

    『賢愚因縁経』四に、波羅奈国の人苦心して七瓶金を蓄え、土中に埋みろくに衣食せず病死せしが、毒蛇となってその瓶をまとい数万歳を経つ、一朝自ら罪重きを悟り、梵志ぼんしに托し金を僧に施して、蛇身をのがれ天に生まれたとあり。

    今昔物語』十四なる無空律師万銭を隠して蛇身を受けた話、また聖武天皇が一夜会いたまえる女にこがね千両賜いしを、女死に臨み遺言して、墓に埋めしめた妄執で、蛇となって苦を受け、金を守る、ところを吉備大臣きびのおとどかの霊に逢いて仔細を知り、掘り得た金で追善したので、蛇身から兜率天とそつてん鞍替くらがえしたちゅう話など、かのインド譚から出たよう、芳賀博士の攷証本に見るは尤も千万だ。降って『因果物語』下巻五章に、僧が蛇となって銭を守る事二条あり。『新著聞集しんちょもんじゅう』十四篇には、京の富人溝へ飯を捨つるまでも乞食に施さざりし者、死後蛇となって池に住み、みの着たようにひるに取り付かれ苦しみし話を載す。

     婬乱者が竜とった物語は、『毘奈耶雑事』と『戒因縁経』に出で、話の本人を妙光女とも善光女とも訳し居るが、概要はこうだ。室羅伐スラヴァスチ城の大長者の妻がはらんだ日、形貌かお非常に光彩つやあり、産んだ女児がなかなかの美人で、生まるる日室内明照日光のごとく、したがって嘉声かせい城邑じょうゆうあまねかった。

    しかるところ相師あり、衆と同じく往き観て諸人に語る、この女後まさに五百男子と歓愛せんと、衆曰くかかる尤物べっぴんは五百人に愛さるるも奇とするに足らずと、三七日さんしちにち経て長者大歓会をし、彼女を妙光と名づけた。

    ようやく成長して容華すがた雅麗みやびやかに、庠序ぎょうぎ超備すぐれ、伎楽管絃備わらざるなく、もとより富家故出来得るだけの綺羅を飾らせたから、鮮明遍照天女の来降せるごとく、いかな隠遁仙人離欲の輩も、これを見ればたちまち雲を踏み外す事受け合いなり、いかにいわんや無始時来煩悩ぼんのうを貯え来った年少丈夫、一瞥いちべつしてすなわち迷惑せざらんと長口上でめて居るから、素覿すてき無類の美女だったらしい。諸国の大王、太子、大臣等に婚を求めたが、相師の予言をおもんぱかり、彼ら一向承引せず、ただ彼女を門窓※(「片+(戸の旧字+甫)」、第3水準1-87-69)こゆうより窺う者のみ多くなり、何とも防ぎようがないので、長者早く娘を嫁せんとすれど求むる者なし。時に城中に一長者ありて、七度妻をめとりて皆死んだので、衆人綽号あざなして殺婦と言った。

    海安寺の唄に「虫も殺さぬあの主様ぬしさまを、女殺しと誰言うた」とあるは、女の命を己れに打ち込みおわらしむてふ形容詞だが、今この殺婦は正銘の女殺しの大先生たるを怖れ、素女はもちろん寡婦さえ一人も取り合わぬ。相師の一言のおかげで、かかる美容を持ちながら盛りの花をむだに過さしむるを残念がって、請わるるままに父が妙光を殺婦に遣った心の中察するに余りあり。

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    「田原藤太竜宮入りの話」は『十二支考〈上〉』 (岩波文庫)に所収

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