鼠に関する民俗と信念(その6)

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     露国でフィリップ尊者忌の夜珍な行事あり。油虫を駆除するためにその一疋を糸でくくり、家内一同だんまりで戸より引き出す内、家中の一婦髪を乱して窓に立ち、その虫がしきみ近くなった時、今夜断食の前に何をたべると問うと、一人牛肉と答え、油虫は何をたべると問うと油虫は油虫をたべると答う。まじめにこの式を行えば油虫また生ぜずという。旧信者はこんな式で虫を駆除するはよろしからず、かかる虫も天から福をもたらすから家に留むるがよいと考える(一八七二年板ラルストンの『露国民謡』一五五頁)。

    支那人は大きな牡鼠一疋を捉え小刀でそのキン玉を切り去って放てば、鼠家に満つるも殺し尽す事猫どころでないという(『増補万宝全書』巻六十)。露人もかくのごとく油虫を同士打ちで死に尽さしめ、さてその全滅を歎き悲しむ表意に、親族が死んだ時のごとく髪を乱してかの式を行うのだ。油虫ごとき害虫も家に留むれば福を齎すというはよく考えると一理あり。

    世界にまるで不用の物なし。多くの菌類や黴菌ばいきんは、まことに折角人の骨折って拵えた物を腐らせにくむべきの甚だしきだが、これらが全くないと物が腐らず、世界が死んだ物でふさがってニッチも三進さっちもならず。そこを醗酵変化分解融通せしめて、一方に多く新たに発生する物に養分を供給するから実際一日もなくてならぬ物だ。

    鼠も昔より国に盗賊家に鼠と嫌われ、清少納言も、きたなげなる物、鼠の住家すみか、つとめて手おそく洗う人、『もっとも草子そうし』ににくき者、物をかじる鼠、花を散らす鳥と言った。西アジアのオッセテ人が物を盗まれるとみこに告げる。すると巫は猫をかかえて平素見込みの悪い奴を訪い、盗んだ物を返さぬと汝の先祖の霊魂をこの猫が苦しめるぞと言うと必ず返す(一八五四年英訳ハクストハウセン著『トランス・カウカシア』三九九頁)。

    朝鮮でも盗難の被害者は嫌疑者の家の隣宅に往き、某の品を盗まれたから不日ふじつ猫を蒸し殺すと吹聴ふいちょうすると、盗人怖れて盗品をひそかに還付す(『人類学雑誌』三十巻一号二四頁)。いずれも猫は恨み深く邪気まさった獣故、盗人のために殺されうらんで祟るからという。

    無論欧亜とも多く猫を魔物とするからかかる訳もあるが、盗品発見に特にこれを使うは、もと盗人と鼠と一視したに由るらしく、天主教の弁護士の守本尊イーヴ尊者像に猫像を添うるもそんな事に起ると惟う(一五六六年板アンリ・エチアンヌの『エロドト解嘲』一)、これほど嫌わるる鼠でも弁護のしようはあるもので、ウッドの『動物図譜』一に、鼠というものなくば大都市は困るであろう、地下の溝涜こうとくに日々捨て流す無量の残食を鼠が絶えず食うからどうやらこうやら流行病も起らぬ、それ故適宜にその過殖を制したら鼠は最も有用な動物だ。また鼠は甚だ清潔を好み、食い終るごとに身を洗い熱心に身を粧う、かつ食物のこのみ甚だすぐれ、食物十分な時はむやみに食わず、ただし餓ゆる時は随分汚物をも食う、肉店に鼠群が入る時牛の頸や脛を顧みず、最上の肉ばかり撰み食うとあって、ちと鼠から分け前でも貰ったらしいほどめて居る。

    この書は鼠からペストなどが蔓延する事の知れない内に筆せられた物で、かかる気散じな事を書いたのだ。しかしペストを伝うるはどの鼠でも皆しかりでなくて、伝えぬ種類もあるというから、病を伝うる奴を殺し尽して、伝えない奴を大いに繁殖させ、下水の掃除を一手受け持ちと任じたらよいようだが、帝都復興以上の難件だろう。

    ついでに述ぶるは、予往年『ネーチュール』と『東洋学芸雑誌』へ出した通り、西洋は知らず、東洋で鼠とペストの関係についての古い記録は、まず清の洪亮吉こうりょうきつの『北江詩話』が一番だ。その巻四に趙州の師道南は今望江の令たる師範の子で生まれて異才あり、三十歳ならずに死す、遺詩を『天愚集』と名づけ、すこぶる新意あり云々、時に趙州に怪鼠ありて白日人家に入り、すなわち地に伏し血をいて死す。その気に染まる人また立所たちどころに命をおとさざるなし、道南鼠死行一篇を賦し、奇険怪偉、集中の冠たり、数日ならざるに道南またすなわち怪鼠病で死んだも奇だとある。確かに鼠がペストを伝えたのだ。洪亮吉は今大正十三年より百十五年前に七十三で死んだ人だから、この一件は大略今から百五十年ほど昔の事であろう。

    またついでに述ぶ、西アジアにイエジジ宗あり、その徒キリストを神の子で天使が人と生まれた者とし、アブラム、マホメットなどを予言者と尊ぶが、キリストを特にあがめず。キリスト教徒がもっとも嫌う魔王サタンを専ら尊び、上帝初め魔王に全権を委ねて世界を作らせ宇宙を治めしめたが、後自分を上帝同等に心得違い、驕慢の極みついに上帝の機嫌を損じて御前より追放された。しかしついには魔王の前功をおもうて復職され、この世はその掌握に帰すべしといいて、ひたすら魔王を拝みたのむ。復活祭にキリストを祭るにただ一羊を牲するに、魔王の祭祀には三十羊を牲す。

    珍な事には、その徒皆両手で盃を持つ事日本人と異ならず、また魔王の名を言わず孔雀くじゃく王といい、孔雀をその象徴とす。欧州で孔雀の尾を不祥とするは、キリスト教で嫌う魔王の印しだからと考える(上に引いたハクストハウセンの書二六〇頁。一八四〇年ニューヨーク板サウスゲイトの『アルメニア等旅行記』一巻二二八頁。一九二一年刊『ノーツ・エンド・キーリス』十二輯八巻拙文「孔雀の尾」)。

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    「鼠に関する民俗と信念」は『十二支考〈下〉』 (岩波文庫)に所収

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