鼠に関する民俗と信念(その14)

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     元禄五年板、洛下俳林子作『新百物語』二に金沢辺の甚三郎という商人、貧しくなり、大黒天を勧請かんじょうして、甲子の日ごとにねんごろにこれを祀る。ある時また、甲子に当りて例のごとく燈掲げて一心に祈念するに、何処いずこともなく大きな白鼠忽然こつぜんと出でて供物を食う。亭主これを見て大いに悦び、翌日友人を招きこの事を語り酒宴する。

    友達その白鼠は名のみ聞いて見た事なし、かつは物語の種なれば今宵祈って一目見せたまえというに、亭主うべない、その夜また燈を掲げ、各集り居るに案のごとく白鼠出で来る。人々見るよりアッといいて立ち騒ぐに驚き、この鼠逃げ帰るを見れば常の黒鼠となって去る。人々怪しみその跡を見るにうどんの粉多し。そのかようた壁の穴を求むると、隣りに饂飩うどんを商う家あり、その饂飩の粉の中に鼠棲んでこの家へ来る故白鼠と見えたと判り、皆々大笑いして帰った。

    亭主物うき事に思い歎くと、大黒天その夢に現じて、宵の鼠のうどん粉にまみれ出でたるも、汝に富貴の道を教ゆべき方便であった。その鼠の通った跡を見るべしと教えられ、夜明けて見れば饂飩粉の上に鼠の足跡文字を顕わす、これを読むに「祈ればぞかかる例しに大麦の、身を粉に成してかせげ世の中」。亭主これより遊興をやめ、一向商業を励んで富貴の家となった。人は神の徳に依って運を添うといいしは誠なるかなとある。

    怪しい話ながら動物崇拝など大抵こんな事で、金色の鼠王なども当時の中央アジア人に取っては、わが国王こそ毘沙門の正統で、現にその使物が生身でわれわれの供物を納受しましますという信念を堅め、中央アジアの文化を高むるに大いに力あった事とおもう。

     一九〇四年ロンドン発行、『人』雑誌一二二頁に、ギリシアのシクラデス諸島では、黒い諸動物は吉兆、白いのは不祥と信ずと記す。一八五九年板『ノーツ・エンド・キーリス抄記』一二頁に、英国の南ノーサンプトンで病室を白鼠が過ぐると見れば、患者必ず死すと信ずと載す。

    これらは流変りゅうがわりで例外に近く、大抵の国民は白鼠を吉祥とする。『嬉遊笑覧』に、『太平広記』にいわく、白鼠身皎玉こうぎょくのごとく白し。耳足紅色、※(「目+匡」、第3水準1-88-81)まぶたまた赤きもの、すなわち金玉の精なり。その出づる所を伺い掘れば金玉をべし、鼠五百歳なればすなわち白し。耳足紅からざるものは常鼠なり。『抱朴子』に曰く、鼠寿三百歳なり、百歳に満つる時は色白く、善く人にたのみて下る、名を仲という。一年中の吉凶および千里外の事を知る云々。白色に瑞物多ければなり、世に珍かなるものを貴むは習いなり。

    古ローマ人や今のボヘミヤ人それからビーナン等に住むマレー人いずれも白鼠を吉兆とし(プリニウス八巻八二章。フレザー金椏篇』初板三章。一八五六年シンガポール刊行『印度群島および東亜細亜雑誌』二輯二巻一六五頁)、本朝には『治部式』所載祥瑞百四十四種中に鼠全く見えねど、〈大同四年三月辛酉かのととり山城国白鼠を献ず〉(『日本後紀こうき』一七)などあれば、白鼠は瑞とされざるまでも珍とされたに相違なし。これを大黒天の使い物とする事、『源平盛衰記』一に清盛内裏だいりで怪鼠を捕うる記事中、鼠は大黒天神の仕者なり、これ人の栄華の先表なりとある。特に白鼠と書いていないが、多分その頃既に白鼠を尊んだものと察する。

     インドのガネサ、中央アジアの毘沙門、日本の大黒天の使い物としてほど盛大にないが、多少鼠を神物と信ずる風習はこの三国のほかにもある。またこの三神に関係なしにも存した。古エジプト人は上述クサタナ国の鼠王同様ヒミズを神とし祈って大敵を破った(ローリンソンの『ヘロドトス』二巻一八九章)。これは英国でシュリウ・マウスと称え、俗に鼠と心得、支那で地鼠、本邦でノラネまたジネズミ、日光を見れば死すとてヒミズと呼び、鼠に似た物だがその実全く鼠と別類だ。

    コンゴ国には鼠を神林の王とし、バガンダ人は、ムカサ神がキャバグ王のその祠堂を滅せしを怒り、群鼠をして王の諸妃を噛み殺させた話を伝う(一九〇六年板、デンネットの『黒人の心裏』一五三頁。一九一一年板ロスコーの『バガンダ人』二二四頁)。日本にも三善為康みよしのためやすの『拾遺往生伝』中に、浄蔵大法師をそしった者その日より一切の物を鼠に食わる。本尊夢の告げにかねてより薬師の十二神将が浄蔵を護る、その日の宿直が子の神だったから鼠害を受くるのだと。子の日の神将名は毘羯羅びから、これは毘沙門や大黒と別口の神で、中央アジアで支那の十二支をインド出の十二神に配して拵えたものと見える。

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    「鼠に関する民俗と信念」は『十二支考〈下〉』 (岩波文庫)に所収

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