蛇に関する民俗と伝説(その23)

蛇に関する民俗と伝説インデックス

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  • (異様なる蛇ども2)

     今より千十余年前成った『新撰字鏡』に、蝮を乃豆知のづちんだ。ほとんど同時に出来た『延喜式神名帳』、加賀に野蛟神社のづちのやしろ二所あり。『古事記伝』に拠れば、ノヅチは野の主の意らしい。予山中岸辺で蝮を打ち殺したつもりで苔など探し居ると、負傷した蝮が孑孑ぼうふり様に曲り動いて予の足もとに滑り落ち来れるに気付き、再び念入れて打ち絶やした事三、四回ある。

    したがって俗伝の野槌は、かように落ち来る蝮から生じた譚で、あるいは上世水辺の蛇を、ミヅチすなわち水の主、野山の蝮をノヅチ野の主と見立てたのかとも思う。ただし野槌に似た動物が、実際世界にないでなく、例せばウロペルチス(円盾ペルタ状の尾の義)の一族およそ四十種、南インドとセイロンに産す。山林の土中に棲み、眼至って小さく、両齶に歯あり、尾甚だ短く太く、斜めにり取られたようで、その端円盾のごとく、その表面あらし。

    それを地に押し著けて歩く、その状あたかも古欧州の軍士が円盾を手で使い分けたごとく、わが邦人に解るように言うなら、塚原老翁が鍋蓋を以て宮本武蔵と立ち廻ったごとしだ。紀州でモッコクの木を食うきくいむしに、ちょうど同様の尾を同様に使うのがあるが何というものか知らぬ。予はウロペルチスの生きたのを見た事なけれど、類推すると余り活溌なものでなかろうが、周章あわてる時は孑孑様に騒ぎながら、岸より落ちて人を驚かすほどの事はあろう。

     支那でいわゆる冬瓜蛇はこの族のものかとおもうが日本では一向見ぬ。『西遊記』一に、肥後五日町の古いえのき空洞ほらに、たけ三尺余めぐり二、三尺の白蛇住む。その形犬の足なきかまた芋虫によく似たり。所の者一寸坊蛇いっすんぼうへびと呼ぶ。人を害せざれど、顔を見合せば病むとて、その木下を通る者頭を垂るとあり。

    デル・テチョの『巴拉乖パラガイ等の史』に、スペインのカベツア・デ・ヴァカが、十六世紀の中頃ペルーに入った時、八千戸ある村の円塔に、一大蛇住み、戦死のしかばねけ食い、魔それに托して予言を吐くと信ぜられた。その蛇長二十五フィート、胴の厚さ牛ほどで、頭至って厚く短きに、眼は不釣り合いに小さく輝く、鎌のごとき歯二列あり。

    尾はすべだが、他の諸部ことごとく大皿様の鱗を被る。兵士をして銃撃せしむると大いにえ、尾で地を叩き震動せしめた故、一同仰天せしもついに殺しおわったと載せ、一八八〇年版ボールの『印度藪榛生活ジャングル・ライフ・イン・インジア』には、インド山間の諸王が、世界と伴うて生死すと信じ、崇拝するナイク・ブンスてふ蛇を目撃せし人の筆録を引いていわく、この蛇岩窟に棲み、一週に一度出て、信徒が献じた山羊児や鶏をくらい、さて堀に入りて水を飲み、泥中に転び廻りついに窟に返る。

    その泥上に印した跡より推さば、この蛇身長に比して非常に太く径二フィートを過ぐと。これら諸記に依って測るに、東西両世界とも時にある種の蛇が特異の病に罹り、全体奇態に太り過ぎるのでなかろうか。早川孝太郎氏説に、三河で蛇が首をもたげたところを撃たば飛び去る。それを捜し殺し置かぬと、ツトまたツトッコてふ頭ばかりの蛇となる。その形槌に類する故、槌蛇と呼んだと記憶すと。

    佐々木繁氏来示には、陸中遠野地方で、草刈り誤って蛇の首を斬ると、三年経てその首槌形となり仇をなす。依ってかかる過失あった節は、われのせいじゃない、鎌の故だぞと言い聞かすべしというと。これらどうやら上古蛇を草野かやのの主とし、野槌と尊んだとなえからあやまでた俗伝らしい。

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    「蛇に関する民俗と伝説」は『十二支考〈上〉』 (岩波文庫)に所収

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