項羽

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  • 項羽(こうう)

    項籍(こうせき:紀元前232年〜紀元前202年)。姓は項、名は籍、字が羽。秦末期の楚の武将。
    秦に対する造反軍の中核となり秦を滅ぼし、一時西楚の覇王(在位紀元前206年 - 紀元前202年)と名乗りましたが、劉邦と争い、敗死しました。



    項羽

    南方熊楠の手紙:"南方マンダラ",「不思議」について,その他(現代語訳3)
    春秋のころ、魯が弱いながらも大一流の名があったのも、このようなことではないか。数百年の後も、項羽のために義を守って降らず、漢高がこれを囲んだが、本を読む声がそれでも絶えなかったのを感心した。

    南方熊楠の随筆:十二支考 馬に関する民俗と伝説(その8)
    熊楠おもうに昔※(「月+彡」、第4水準2-85-17)しゅゆう隠居して仕えず、閻負涼えんぶりょうに使し※(「月+彡」、第4水準2-85-17)を以て王猛に比し並称す。秦主苻堅ふけん猛を侍中とせし時猛※(「月+彡」、第4水準2-85-17)に譲れり、のち猛死し堅南晋にこうせんとす、苻融石越等皆いさめしも※(「月+彡」、第4水準2-85-17)独りこれを賛し、にわかに※(「さんずい+肥」、第3水準1-86-85)水の敗を致し以て亡国に至れり、これあに景略(王猛の字)のひつならんや、処士虚声を盗む何代なんのよか人なからんと王阮亭は言った(『池北偶談』巻二)。
    支那の名馬は、周穆王ぼくおうの八駿、その名は赤驥、盗驪、白義、踰輪、山子、渠黄、華※[#「馬+(「堊」の「王」に代えて「田」)、358-5]、緑耳で、漢文帝の九逸は、浮雲、赤電、絶群、逸驃、紫燕、緑※(「虫+璃のつくり」、第3水準1-91-62)、竜子、※(「馬+隣のつくり」、第3水準1-94-19)駒、絶塵だ、前者は毛色、後者は動作を主に名の因とした。その他項羽すい呂布りょふの赤兎、張飛の玉追、遠※(「豈+頁」、第3水準1-94-1)の飛燕、梁武帝の照殿玉獅子等、なお多かるべし。本邦には「垂仁すいにん紀」に足往あゆきてふ名の犬見ゆるに、名馬に特号あるを見ず。


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