ゲスナー


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    コンラート・ゲスナー(1516年〜1565年)。スイス人の博物学者。
    南方熊楠(1867年~1941年)のアメリカ、アンナーバー滞在時1889年の日記に「夜感あり、コンラード・ゲスネルの伝を読む。吾れ欲くは日本のゲスネルとならん。」とあります。



    ゲスナー(ゲスネル)

    南方熊楠の随筆:十二支考 田原藤太竜宮入りの話(その18)
    これより前一五六四年死せるゲスネルの判断力、当時の学者輩に挺特せしも、なおその著『動物全誌』(ヒストリア・アニマリウス)に竜を載せたるにて、その頃竜の実在の信念深かりしを知るべしと。

    南方熊楠の随筆:十二支考 田原藤太竜宮入りの話(その43)
    しかし幸いに一六〇四年版ゲスネルの『動物誌ヒストリア・アニマリウム』巻四にロ氏の原図を出しあるを見出した、一七六七年版ヨンストンの『魚鯨博物志ヒストリア・ナチュラリス・デ・ピッシブス・エト・セチス』巻五の四四頁には一層想像をたくましゅうした図を出す、この二書に拠るに蜈蚣鯨を満足に記載したは、ただ西暦二百年頃ローマ人エリアヌス筆『動物性質記デ・ナチュラ・アニマリウム』十三巻二十三章あるのみで、その記にいわく、蜈蚣鯨は海より獲し事あり、鼻に長き鬚あり尾ひらたくしてえび(またはいなご)に似、大きさ鯨のごとく両側に足多く外見あたかもトリレミスのごとく海をおよぐ事はやしと、トリレミスとは、古ローマで細長い船の両側に長中短の櫓を三段に並べ、多くの漕手が高中低の三列に腰掛けて漕いだもので、わが邦の蜈蚣船(『常山紀談』続帝国文庫本三九八頁、清正が夫人の附人輩つきびとら川口にて蜈蚣船を毎晩に漕ぎ競べさせたとある)も似たものか、

    さてゲスネルはかかる蜈蚣鯨はインドにありといい、ヨンストンはその身全く青く脇と腹は赤を帯ぶといった、

    南方熊楠の随筆:十二支考 馬に関する民俗と伝説(その16)
    殊に海馬は上記諸名のほか竜宮の駒(また竜の駒、『尤の草紙』にはやき物雷神の乗るという竜の駒)、馬王うまおう海ウマ等の和名あり。ヴェネチアでも竜(ドラコネ)と呼ぶほど馬にも竜にもよく似る(一六〇四年フランクフルト版ゲスネル動物全誌ヒストリア・アニマリウム』四巻、四一四頁)。






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