新井白石

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  • 新井白石(あらい はくせき)

    新井白石(1657年〜1725年)。江戸時代中期の武士・政治家・学者。
    6代将軍家宣・7代家継の治世、将軍の政治顧問役として幕政に参与しました。
    主な著書は『折たく柴の記』『西洋紀聞』『藩翰譜』など。



    新井白石

    南方熊楠の手紙:神社合祀に関する意見(現代語訳6)
    新井白石が岩松氏に与えた書簡にも、甲州の原虎胤が信玄から改宗を勧められて従わず相模に走ったことや、内藤如安、高山友祥が天主教を止めず、甘んじてルソンに趣いたことを論じて、これは宗教上の迷信が厚すぎただけではなかろう、実は祖先来自分が思い込んで崇奉する宗旨を、何の訳もなく、当時の執政当局者に気に入らぬという一事のみのゆえに、たちまち自分の宗旨を棄てて顧みないというのは、いかにも人間らしく、男らしくも、武士らしくもないと思い詰めた意気の上から出たことであろう、と言っている。

    南方熊楠の手紙:神社合祀に関する意見(現代語訳8)
    新井白石が『藩翰譜』に、三春藩主の秋田氏が暴虐であったことを述べて、その民の娘が「年が長じても歯を黒く染められない(※江戸時代、歯を黒く染めることは既婚婦人のしるしでなった※)」と言ったことをさえ苛政の一例に思われたが、今はまた何でもない郡吏や一村長の一存で、村民が神に詣で名を嬰児に命ずる式すら挙げることができないというのもひどいことだ。

    南方熊楠の手紙:神社合祀に関する意見(現代語訳9)
    西洋に上帝を引いて誓い、また皇帝を引いて誓うことが多い。まことに聞き苦しいことである。わが国でも『折焚く柴の記』に、何かいうと八幡神などの名を引いて誓言する老人がいたのを、新井白石の父がまことに心得の悪い人であると評したことが出ていた。だから、梵土には表面梵天を祀る堂なし。これは見馴れ聞き馴れてしまうことで、その威を汚すのを畏れてのことである。

    南方熊楠の随筆:十二支考 蛇に関する民俗と伝説(その31)
    誰も知るごとく、新井白石が河村随軒の婿むこに望まれた折、かようの行法に失敗して刃に死んだ未成の竜の譚を引いて断わった。


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